「気分は下剋上 叡知な宵宮」7

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This entry is part 7 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

【ご注意ください】 この回には「鬼滅の刃 無限城編」に関する内容が含まれています。 ネタバレ回避に配慮しておりますが、わずかでも情報を入れたくない方はスルーをおすすめします。

「この扇形の部屋から川が180度も見えるので、花火もものすごい迫力でしょうね、楽しみです」
 色とりどりの花火が最愛の人の白く滑らかな肢体を彩ってくれるだろうと思うとなおさらだ。備え付けの電話を取ってコンシェルジュを呼び出した。こういう時はスタッフに聞く方が早いことは最愛の人と付き合い出してから知った。
 彼と出会う前、祐樹は仕送りだけで学生生活を回していた。決して裕福ではない実家からの仕送りは最低限にしてもらっていた。学部的にバイトも出来ず、気が向けば「その手の」ホテルに寄ることもあったが、財布が薄いときは、「君が魅力的すぎて、今すぐ欲しい」と真顔で囁き、「グレイス」の非常階段の踊り場で済ませたこともあった。
 研修医の時に彼と出会い「グレイス」で多数の男性に奢られていると杉田弁護士から聞いて駆け付けた。あの店で奢るというのは明白なお誘いという不文律だったし、それを拒まないというのは「考えてもいい」もしくは「乗り気」という意味だった。勢いと憤りのまま、「グレイス」から彼を連れて出し、そのままホテルへ向かった、京都では誰に見られるか分からないという現実的な理由から大阪まで足を延ばしたが、薄給の身でリッツカールトンを選んだのは、「この人は特別だ」という想いが既に芽生えていたからだろう。そんなことを思いながら受話器を置いた。
「祐樹?何だか懐かしそうな顔をしているな……。それで浴衣はどうだったのだ?」
 今、当たり前のように傍にいてくれる最愛の人に花束を渡す感じで微笑んだ。ちなみに最愛の人が「グレイス」に居たのは、一人で入れる酒場はそこしか知らなかっただけで、しかも店に入るのは初めてでそんな不文律は知らなかったと後で聞いた。
「そろそろ浴衣姿の人も増えるだろうとのことでした。シャワーを浴びて着替えたら、インペリアルフロアラウンジでコーヒーを飲んでから、屋台を回りましょう」
 ラウンジでは食事も用意されているらしいが、最愛の人は屋台で食べるタコ焼きやりんご飴、綿菓子などをこよなく愛している。それぞれシャワーを浴びて浴衣に着替える。これも彼と付き合った後に着方を覚えた。もしも彼と一緒にいなければ一生正式な着付けに縁がなかっただろうなと思うとほのかで温かい笑みが心の中からシャンパンの泡のように次々とおしよせた。
「同じ部屋で着替えると、あらぬ行為になだれ込んでしまいそうなので、私は隣の部屋で着替えますね」
 強いて事務的な声で告げると彼の滑らかな頬が薄紅色に染まっていくのも、まるで花が綻ぶような美しさだった。上質の木綿のさらりとした感触に包まれていると、手入れをして大切に保管してくれている彼の愛情を、肌にまとっているような気がした。帯を締めて下駄を履いて隣室をノックしたら扉が開いて浴衣姿の最愛の人が花の綻ぶような笑みを浮かべていた。前髪を下ろした彼は、浴衣姿も相俟って祐樹よりも年下に見える。祐樹もどちらかといえば童顔だが、その瑞々しさの質は、どこか違う気がした。
「外国の人も浴衣を着ているのだな。ただ――左前だった」
 どうする?と言わんばかりの最愛の人の顔が祐樹を見上げている。
「日本では死装束ですからね……。ただ、いくら円安でもこのホテルに泊まっているからにはそれなりの人でしょう。それに母が『最近の若い人は平気で左前を着て歩いている』と言っていました。指摘しなくても、きっと『外国人だから』と皆がスルーすると思います」
 なるほどといった感じで頷く最愛の人の襟足が、薄紅の花芯のように見えた。その小さな色香に、胸の奥で動悸がひとつ跳ねた。
「京都の祇園あたりも外国人が多くなりましたね。『鬼退治アニメ』の影響もあるのでしょうが……。隊士が使う刀のおもちゃを差して歩いている人も多いですよね」
 あの鬼退治アニメの主な舞台は東京だが、外国人にとっては「日本」という一括りに映るのだろう。
「そういえば、この前、主人公の師匠が彫ったお面を頭につけている人がいたな。ただ、あれは、藤の山の最終選別の時、お面をつけている隊士のたまごは命を落とす確率が高いだろう。主人公は別だけれども、主人公の命の恩人みたいにお面が外れた人が生き残れるパターンが多いと思わないか?」
 アイスコーヒーを飲みながら最愛の人は楽しそうな笑みの花を咲かせている。
「たしかにそうですよね。それにしても、異空間にほとんどの隊士が落とされたでしょう?あの城の作画はものすごく手がかかっているだろうなと思いました」
 最愛の人も頷いている。
「私が鬼の始祖なら、隊士たちをあの空間に閉じ込めて五年くらい放置します。琵琶を弾く鬼しか出入りさせる能力を持っていませんよね。だから隊士たちは餓死すると思うのです。戦うよりも楽ではないでしょうか?」
 最愛の人は花のような微笑みを浮かべ、しばらく黙っていた。
「それは違うと思う。祐樹の案のほうが合理的だし、簡単だろうけれど。鬼は日光に当たるか、隊士たちが持っている特別な刀で首を切らない限り死なないので、五年どころか百年後まで放置しても問題はないだろうけれども、ただ――」
 薄紅色の唇と純白のストローの対比がとても綺麗だった。

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