- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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いや、常識で考えて殺人罪には問われないと思う。呪うという行為そのものは祐樹も理解できないが、そこまで憎んだ相手の身代わりとして、深夜、藁人形を打ち付けるという切羽詰まった行動は、気分の晴れる行為なのではないかなと考えた。
それにしても、裁判官や検事、そして弁護士が真面目に丑の刻参りについて論じるなんて可笑しな話だ。
「それだけ憎い相手を模した藁人形とか五寸釘でしたっけ?それに金づちを持って山道を登って、あ!頭にはロウソクを巻くのでしたっけ?あれ映画でそんな光景を見たような……。『八つ墓村』?いや『獄門島』かも知れません」
どちらも割と好きな作品だが、なぜか混乱してしまう。そもそも割とどうでもいい情報は頭の中のゴミ箱に入れないと脳のキャパシティがもたない気がする。その点最愛の人の記憶の引き出しは底なしなので、つい甘えてしまう。
このホテルは天神祭りのせいだろうが、外国人観光客や、花火を見るために来たゲストで何だか浮足立っている雰囲気だ。そういう人たちを眺めながらホテル散策をするのも楽しい。第二の愛の巣とも言うべき大阪のリッツカールトンと比べるとカジュアルというか現代的な建物だったし、インペリアルフロアラウンジは浴衣姿で行こうと約束していた。
客室に落ち着いたらそのまま部屋にとどまってしまいそうだ――しかも岩松氏が予約したのだから最高に眺めのいい部屋に決まっている。それでは最愛の人がとても楽しみにしている屋台に行けなくなる気がした。客室に二人で入ったら危うい衝動に駆られそうで怖い。だからこそ、生まれたての朝日を浴びた、紅薔薇のような「健康そのもの」の空気をまとう最愛の人をもう少し眺めていたい。
「それは『八つ墓村』だな。何回も映像化はされているが、作品によっては懐中電灯を頭に縛り付けるという演出もあるけれども、やはり、山崎努が演じた多治見要藏が最も印象に残りやすいだろうな。金輪に立てたロウソクと白装束で村人を襲うという画面の方が、祟りめいていてインパクトがある」
どの映画かドラマだかは忘れたが、番組宣伝で「八つ墓村の祟りじゃ!」と老婆が叫んでいたなと思い出した。
「金輪というのですか?あれってもともと火鉢の脚部ですよね?そこにロウソクということは丑の刻参りを想起させる狙いなのですか?」
ホテルの中だけに冷房は効いているけれども、夏に相応しい話題のような気がする。二人とも無神論者で幽霊などは全く信じていないのでごくごく軽い話題だ。
「そうだな……。白装束やなどは能の『金輪』という作品だ。世阿弥作という説がある」
世阿弥といえば確か室町時代の人物なので京都の人からすると割と新しいと感じるのではないかと祐樹は思った。
「そうなのですね。和泉式部も貴船神社に呪いに行ったと古典の授業で習った記憶があります」
祐樹を見上げる最愛の人の瑞々しい笑みは、クーラーよりも身体と心をひんやりとさせるような気がした。
「そういう説話もあるが、実際のところは、和泉式部が離れてしまった夫との復縁を祈願して詣でた、というのが真相らしい」
え?と思った。
「和泉式部日記を読まされたこともありますが、宮様と恋愛し、その宮が病死した後に弟宮と恋をした女性ですよね?何だかイメージが異なります。移り気な人なのかと思っていました……。貴船神社に夜中に行くのは、それだけ切羽詰まった思いを抱えている人の迷惑になるのも気の毒ですから、昼間『縁結び』――と言っても貴方とは深い絆で結ばれていると思いますが念には念をとお参りしませんか?マイナスイオンを浴びるのもいいリフレッシュですよ」
薄紅の花のような笑みがよりいっそう涼しげに艶めいている。その表情を見るだけでこのホテルに来て良かったとしみじみ思った。
「先に浴衣に着替えてから屋台巡りをしますか?それともこのままで屋台を冷かしますか?」
最愛の人は花が咲いたような笑みを唇に浮かべて楽しそうに思案しているようだった。
「どうしよう……?祐樹の浴衣姿をまだ日があるうちに見たいのだけれども……。先ほど車で通りかかった時には浴衣姿の人はあまりいなかったので、目立つかもしれないな……」
浴衣が入っている専用バックはベルボーイに預けてあった。
「でしたら、部屋から外を見て、浴衣の人がどれくらいいるかを見てから決めませんか?」
最愛の人が薄紅色の笑みの花を咲かせている。
「予想していた以上に、すごい部屋だな」
彼の嘆声も充分理解できるほどの広くて、そして位置的に生駒山だろうか?大阪と奈良の境目まで一望できる点は圧巻だった。
「そうですね。大阪のリッツカールトンもいいホテルですが、あちらはイギリスの貴族の館を模した建物ですよね。浴衣姿は全く似合わないと思うので、こういう和風の要素があるホテルで良かったです」
ほんのりと笑った最愛の人がキスをねだるように白い顔を傾けた。何もつけていないのに、つやつやした唇にしっとりとした口づけを交わした。
「ただ、こんな上層階だと、浴衣を着ている人の数などは分からないですね……」

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