- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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仏壇仏具だと、祐樹の実家にあるお仏壇に灯す細いロウソクしか売っていないような気がする。あんな小さいロウソクだと彼の紅色に染まった艶やかな肌は少ししか拝めない。
「すみません、キャンプに行きたいのですが、防災用としてロウソクも持っていきたいのです。どこの売り場に行けばいいのか教えてください」
通りかかった店員さんに聞いてみた。最愛の人は祐樹の顔を頼もしげに見ている。この程度の言い訳は、祐樹にとって造作もないが、嘘が吐けない最愛の人には新鮮なのだろう。とはいえ、付き合い始めの頃に比べればお芝居は格段に上達している。
店員さんは最愛の人が持っていたオレンジ色の丈夫そうな紙袋をチラリと見て丁寧に教えてくれた。スーツなどかさばるものは自宅に送ってもらうように手配したが、祐樹用にと買ってくれたネクタイは最愛の人が花束のように抱えているので目立ったのだろう。
「祐樹はすごいな……。私なら『丑の刻参りに使うロウソク』などと言ってしまって、店員さんに思いっきり引かれただろう……」
最愛の人は冗談があまり上手くない。手先は驚くほど器用なのに、性格は不器用なところがまた、愛おしい。
「実際、貴船神社には五寸釘が打ちこまれた木が何本もあるそうですよ。あの呪いは誰かに見られたら効力がなくなるらしいですし、藁人形の中に呪いたい相手の髪の毛を入れる必要があるみたいです。――それで、その相手が見事なつるっぱげだったら、どうするのでしょうね?」
最愛の人は鈴を転がすような笑い声を小さく響かせていた。二人きりのときにはよく笑うようになった彼だが、百貨店のような公共の場所で笑うのは大変珍しい。祐樹の冗談がとても面白かったのか、天神祭りと例の屋上でのデートで心が晴れやかになっているのだろう。あるいはその相乗効果かもしれない。ただ、最愛の人の笑い声を聞いていると祐樹に気持ちも春風に乗っているような気分になる。
そして何より、最愛の人がそんな呪術めいたことをするわけがないと分かっている。むしろ、浮気されたら自分を責めてしまうような人だ。だからこそ、こうして冗談にできるのだ。祐樹は、その健気さを想いながら、ほんの少しだけ笑い声を立てた。
「そういう場合は、ほら……『呪いが廻る戦い』のアニメの主人公の同期の女生徒のように、身体のどこかを使うのではないだろうか……」
そういえば主人公の同級生で紅一点の彼女はトンカチと釘を使っていたなと思い出した。
「お盆はデートで忙しいですし、内田教授も浜田教授も家族サービスをしなければならないでしょう。だから、九月になったら内田教授や浜田教授を誘ってまた呑みに行きましょうね。『鬼退治アニメ』の劇場版も皆が見終わっている頃ですから感想を言い合いたいです」
最愛の人も切れ長の目に無邪気な光を宿して祐樹を見上げている。
「そうだな。あの映画……劇場に行って観るのだろう?」
祐樹は、大きく頷いた。
「あのアニメの最終回の迫力もテレビで観るのがもったいないと思いました。あれは劇場クオリティでしたからね。ちまたでは、前作の映画が四百億円の興行収入だったので、どの程度だろうかという議論が活発ですね」
最愛の人は、ほんのり苦い笑みを浮かべている。
「あの映画があれほどの興行収入を上げたのは、内容がよかったことはもちろんだが、世界的パンデミックのせいもあっただろう。実際、アメリカの映画は撮影中止になって供給がストップしたし、消去法で観にいったライト層がどれだけ残っているかだな。それにリモートワークで通勤時間が減った会社員がアニメ一期を追いかけるにはちょうどいい長さだっただろう。その流れで劇場版も観てみようと思った層も多かったらしい。その頃とは状況が全く異なるので……百億円の大台に乗るか乗らないかではないだろうか?」
確かにあの頃とは状況が異なるので、最愛の人の分析もあながち間違いではないだろう。
「しかし、ファンとしては何だか悔しいですね。百億円でも充分すごいと思いますが、週刊誌などには『前作の四分の一の興行収入。やはり、人気が落ちている』などと書かれるのは……。ああ、あのロウソクなんてよさそうですね……」
あの屋上に、色香を一枚のヴェールのように纏っただけの肢体に、このロウソクの灯りが差し込んだらどれほど艶やかに映えてくれるだろう――そう思うだけで息が止まりそうだった。
「――祐樹……何本くらい買うのだ?」
その涼やかな声で我に返った。頭の中は彼の艶やかな肢体が色々な角度で再生されていた。
「――変な笑いなどは浮かべていました?」
最愛の人が祐樹の想像を可視化できたならば、絶対にロウソクなど買って帰らないほどの痴態を慌てて頭の中から追い払った。
「いや、何だか物思いにふけっているような感じで、てっきり何本必要か考えていると思っていた……」
――どうやら祐樹の妄想は漏洩していなさそうで安心した。

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