「気分は下剋上 叡知な宵宮」 3

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 3 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

「大阪の天神祭りの日、花火がよく見える帝国ホテルの部屋を予約したのですが、あいにく、どうしても外せない用事が私と岩松に入ってしまって、よろしければお二人で使ってくださいというのが岩松と私の意思なのです。お二人のご都合が悪ければ他の人に譲るかキャンセル致しますわ」
 その文面の下に「大阪天神祭り」のサイト貼り付けられている。そこをタップすると、花火は二十五日金曜日の19時半から21時までとなっている。
「屋台もたくさん出るのだろうか?」
 花火の画像を見つめながら、薄紅色のため息を零した最愛の人が、弾んだ声で言っている。祐樹もスマホを出して検索してみた。最愛の人は屋台で売っている、りんご飴やわた飴、そしてたこ焼きなどが大好物だ。
「出るみたいですね。それに、帝国ホテルでは、ホテル備え付けの室内用の浴衣ではなくて、外出用の『ちゃんとした浴衣』なら、ホテルでも快く受け入れてくれるそうです」
 二人で浴衣を着て屋台を巡り、川辺の神事をちらっと見ながら食欲を満たす。そして部屋に帰って花火を見上げる――のではなく、閃光に照らされた横顔の美しさの中で、愛を交わす。そんな想像に、祐樹はむしろ昂ぶりを覚えていた。屋台では食欲を、部屋で心も身体も一度に満たせる――そんな夜になりそうだ。しかし、問題は、その花見が金曜の夜という点だ。
「……二十五日、有休使ってもいいですか?あ、貴方は……手術、ですよね」
 祐樹は幸いその日は手術の予定は入っていない。しかし、大学病院の看板教授である彼は土日と祝日以外は一日二件の手術をこなしている。打ち上がる火よりも、現実の予定表が重く感じられて、つい、深いため息がこぼれた。
「……そうだな……。しかし、私を待っている患者さんがいる以上……」
 怜悧で端整な顔に浮かんだのは、決して揺るがぬ責任感。そして、その奥には、愛する者としての葛藤、あるいは、諦めにも似た、静かな失望がほんのわずかに滲んでいた。
 最愛の人のスマホのLINEアプリに新たな文字列が追加された。
「教授が手術だということは承知しています。実は二十五日に岩松主催の『国際的な医師交流会』が急遽行われることになりまして、実力のある医師だけを選び、招待することになっています。お二人はそれに参加なさるというタテマエでお休みを取られては如何でしょう?ちなみに、斎藤病院長も参加を熱望なさっていますが『残念ながら私達むきではないと存じます』と返事をしておりますのよ。お二人には是非とも参加して欲しいと岩松は申していますので、病院長は納得すると思いますの。二十五日のオペ予定の患者さんは、私が責任を持って投薬コントロールをし、リスケジューリングも相談いたします」
 最愛の人のスマホの画面越しに、ふわりと天使の羽ばたきが舞い降りたような気がした。斎藤病院長もかつては外科医だったと聞いているが、黒木准教授いわく「平均よりは少し上のレベルでした」とのことなので、確かに外科医として有能だったとも思えない。それでも病院長のポストに就けたのは徳川家康タイプの政治力の賜物だろう。
「二十五日の手術予定の患者さんは、確かに緊急ではない。日を改めても問題はないはずだ。それに脳外科の白河教授が、『出来れば手術室を空けて欲しい』と遠慮がちに言ってきた日だ」
 だとしたら、好都合ではないだろうか?手術室ナースも、白河教授か、今ではすっかり白河教授と意気投合した頑固な手術職人こと悪性新生物科の桜木先生が共同で生み出した、悪性脳腫瘍の外科的アプローチにシフトできるので迷惑もかからない。最愛の人の頬に咲いた笑みは沈痛の陰を払い落とした薄紅の薔薇のように優雅さと、そして安堵めいている。
「この夏は、あの屋上で『大』の字の炎をこのさかずきに映して飲むというイベントと、天神祭りの屋台と、そして帝国ホテルの客室で祐樹と二人きりで花火鑑賞ができるのだな……」
 売り場で最も大きな盃に決めたらしい。普段よりもより軽快な足取りで店員さんに近づいている。その凛とした立ち姿を見送りながら、花火鑑賞は形ばかりにして、浴衣を乱し、窓辺に立つその姿と交わる愛を、夜の光景の添え物にしようと目論んだ。それに、最愛の人がこよなく愛している、屋台で売っているりんご飴といちご飴は着色料のおかげで最愛の人のやや薄めの形のよい唇が紅く染まってより一層の艶やかさと甘さが加味されるのもとても楽しみだ。長岡先生にも心の底から感謝の念として、落ち着いたころに部屋の掃除にでも二人で出向こうと思った。
「次はロウソクを買いに行こう」
 紙袋を軽々と持った最愛の人が、笑みに宿る薄紅の色を深めながら祐樹を見上げた。
「そうですね。どこに売っているか想像もできないのですが……」

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