「気分は下剋上 叡知な宵宮」23

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 23 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

 ホテルが見えたと同時につないだ手を祐樹は名残惜しげに離した。近づくにつれてホテルのエントランスが異様な雰囲気になっていた。笑顔が地顔のようなホテルマンたちも厳しい表情で、五人も玄関前に立ちはだかっていた。浴衣姿やラフな格好の宿泊客らしい人々が輪を作っている。
「何の騒ぎでしょうか?」
 多分、天神祭りの花火に合わせたのだろう、煌々と灯っている明かりも絞られていて、何が起こっているのか分からない。最愛の人も夜目にも白い端整な顔に不審そうな表情を浮かべて、首を傾げている。
「はぁ?ガチムリなんだけど?なんであの浴衣カップルはいけて、ウチだけNGなん?マジ理不尽~!」
 鼓膜がキーンとする声が響いてきた。どうやら出入り禁止をくらった女性がいるようだった。ただ、女性が陣取っていると思しき玄関前を通らないとホテルに入れない。せっかく、インペリアルラウンジで愛の交歓の食前酒を楽しもうと思ったのに……。
 様子を窺おうと最愛の人の少しだけ華奢な手首を優しく掴んで前方へと進んだ。……恋の柱のコスプレをした女性が自撮り棒を持ってホテルのスタッフと揉めている。
「あの恰好だと、コスプレだと判断されるだろうな。『あの浴衣カップル』は多分、『鬼退治アニメ』の登場人物の特徴的な柄だけを真似た浴衣を着ていたに違いない」
 ――先ほど見かけた恋の柱は、胸が少し寂しいような気がしたが、久米先生いわく「紳士」、すなわり二次元の女性に本気で恋する人たちに囲まれて、スマホでの写真撮影にも気軽に応じていた。しかし、この女性は、まるで鬼のような形相でホテルマンにくってかかっていた。この勢いだと、恋の柱というよりも遊郭にいた兄妹の鬼のうちの妹のほうが向いているような気がしたが、体型でさすがに無理だと自己判断したのだろう。いや、恋の柱のスタイルの良さすら無理があるような気がした。祐樹は女性の胸の大きさには一切関心がない。そして、何だか珍獣を見るような眼差しで彼女を見ている最愛の人もそうだろう。
 彼が珍しい生き物を見るように涼しげな目を見開いているのは、心臓外科の執刀医として患者さんやそのご家族から丁重な感謝を述べられたり、「この御恩は一生忘れません」と深々とお辞儀をされたりするからだ。その点祐樹は心肺停止で搬送され、手を尽くしたが蘇生しなかった患者さんのご遺族に逆ギレされたことも多々ある。最愛の人も、学生時代に救急救命室でボランティアをしていたと聞いているが、腕のよしあしは関係なく医師免許取得前の人間が家族や遺族の前で説明することはない。彼がいたのはあくまで処置室で、家族控室には足を踏み入れていないのだろう。特に家族が待機している時間帯に出て行けば場合、医師であっても看護師であっても、詰め寄られる可能性が高い。
 それはともかく、恋の柱ほどの胸の大きさでは決してない。似ているのは桜餅の色の髪と衣装だけで、顔立ちもスタイルはまったく異なる。かろうじてある胸の谷間も背中の肉を寄せて作ったという感じだった。
「このまま撮れ高ゼロとかマジないから!何万回再生いく予定だったと思ってんの!?YouTubeとインスタ繋がってんだからね!マジで謝罪案件じゃん……!」
 いや、いくら「鬼退治アニメ」が流行っていても、この女性が扮している限り、百再生くらいしかいかないような気がする。モデルや芸能人が「恋の柱のコスプレしてみた」動画は祐樹のYouTubeに「お勧め」として表示された。きっと、最愛の人と行った劇場版の最新作の検索履歴をもとに、AIが表示させたのだろう。最も似ていると思った女優さんが確か百万再生だったような気がする。それに比べてあの女性が万単位の再生数とは……高望みが過ぎるような気がした。最愛の人は宇宙人を見たかのように固まっていた。彼は想定外の出来事に弱く、まさに今、その対応に困っているようだった。
 あの女性、そんなに動画で注目を浴びたいのなら、遊郭にいた兄妹鬼の妹の戦闘のときのようなランジェリー姿で、そこいらの瓦屋根の上で足を大胆に開けばいいと思ったが、その姿が映えるだけの素材が自分にはないと本人もきっと自覚しているのだろう。確かYouTubeでは性的なコンテンツは削除対象だったような気がする。祐樹は見るだけなので詳しい規約などは当然知らないのだけれども。
「恐れ入りますが、現在当ホテルへのご案内は浴衣またはドレスコードに準じた服装のお客様に限らせていただいております。コスプレ撮影は所定の許可が必要となります」
 ホテルマンの冷静で温和な声にも彼女は納得していない感じだった。ピンクと緑の大きな三つ編みのウィッグを揺らしながら口を開いた――胸も揺れないのが彼女の限界だ。
「ふざけんなって感じ!これ以上映えるコスないから!!」
 その瞬間だった。彼女が振り回していた自撮り棒からスマホが外れ、空中に弧を描いている。
「祐樹、危ない!」
 最愛の人の切羽詰まった声がした。

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