「気分は下剋上 叡知な宵宮」21

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 21 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

 一度だけ祐樹は最愛の人に「包帯問題」を語った覚えがある。卓越した記憶力を持つ最愛の人はそれを覚えていてくれたらしい。
「そうです。包帯だけで、補助具を使わずあのように巻くのは、ほぼ不可能ですよね。しかも『百鬼夜行』で激しく動きまわって戦っていたにも関わらず、ズレたりほどけたりもしていませんでした。アニメの時にはアイマスクのような物で目を覆っていて、それは納得できるのですが。ああいう包帯の巻き方が気になって仕方なかったです」
 飲み終えた最愛の人のコーヒーの缶を受け取って目についた分別ごみの缶入れに入れた。
「物理的には多分無理だと思う。しかし――」
 最愛の人はブラックコーヒーで口直しを終えたのか、薄紅色の指が、心の奥で鳴った小さな音符に導かれるように動いた。音の柱を描いた綿飴の輪ゴムをほどいていく。薄紅色のその指先は、まるで耳に聞こえない旋律を刻むようだった。音の柱を描いたビニール袋を大切そうにきちんと畳み、浴衣の胸元の襟の内側にそっとしまった。「消去法で祐樹に似ている」と言ってくれていたので、きっと天神祭りの宝物として持ち帰って祐樹とのデートの記念として永久に保存してくれるに違いない。
「現代最強の呪術師は、身体の回りを呪力で覆っているだろう?包帯の部分も特別な力で補強していると考えるのはどうだろう?」
 最愛の人は真っ白な綿飴をいちご飴で染まった、朝露を乗せた深紅の薔薇のような唇に入れている。白と赤の対比も、健康的な蠱惑に満ちていた。
「なるほど、あのキャラは何でも出来そうですからね。呪力と考えるのが妥当です……。その綿飴、少し分けて下さいませんか?」
 甘いものはさほど好きではないが、綿飴くらいは食べられる。そして何より最愛の人があまりにも幸せそうに口に運んでいるので、その幸福感を共有したくなった。彼は、精緻なバランスを誇る切れ長の目を無垢で無邪気な光で見開いた。
「祐樹がそう言うのは珍しいな。好きなだけ取ってくれればいい。私は飛行機に乗って雲の上まで行くと、必ず綿飴を思い出す。祐樹と初詣に行った時に必ず買うだろう?その時のことを思い出して胸の中に太陽の光が優しく煌めいているような感じになるので」
 祐樹はふわふわとした白い飴を指で摘まんで口に入れた。優しい甘さがすっと春の淡雪のように舌に溶けていくようだった。
「飛行機に乗っている以上、雲に触ることはできませんが、本当に綿飴だったら嬉しいですよね。――食べ放題ですし」
 最愛の人は銀の鈴を転がすような笑い声を立てている。その声で肌にまとわりつく湿度が下がったような錯覚を抱いた。
「祐樹は先ほどの串カツのキャベツといい、食べ放題に本当に弱いのだな。呉先生と私に付き合ってケーキバイキングに行った時も、森技官に『なんで、アルコールが置いていないのでしょうね』と不満そうに言って、コーヒーを何杯も飲んでいたよな」
 軽やかで甘い綿飴のような笑みと共に言葉を紡いでいる。
「正確には、アイスコーヒーとホット、そして紅茶を各種、飲み比べをしました。アールグレイがことの外美味しかったですね。アルコールのほうが、単価も高そうなのでそれがあればモトが取れるかと。それに、森技官に飲み物でも負けたくなくて……ついつい張り合ってしまったのです」
 祐樹の過去回想話を興味深そうに聞いていた最愛の人は綿飴を食べる手を止めなかった。
「あの飲み物勝負は圧巻だったな。森技官が十三杯で祐樹が十五杯だったと記憶している」
 呉先生と楽しそうに話しながらケーキを食べていた最愛の人が、祐樹や、ついでに森技官の飲み物の数まで把握していたとは思わなかった。尤もビデオカメラのような記憶力を持つ人なので、ある意味当然かもしれない。
「今度はケーキだけではなくて、前菜めいた料理なども置いてあり、またシャンパンも用意されている食べ放題に四人で行こう。そちらのほうが祐樹や森技官の食べるものがありそうだから。ケーキだけだと祐樹は一皿、頑張っても二皿が限界だろう?それだと絶対にモトは取れない……」
 現実的に考えれば、店だってボランティアではないので収益を上げることを第一にしているだろう。だからアルコールをどれだけ呑んでもきっと店が損をするような価格設定にはしていないはずだ。しかし、ケーキバイキングでコーヒーと紅茶ばかりを飲むというコストパフォーマンスの悪さよりも、アルコールや料理を食べるほうが精神衛生には良さそうな気がする。とはいえ、幸せそうにケーキをおかわりしている最愛の人を見るだけで充分なような気がした。
「そうですね。ケーキ以外に軽食がある食べ放題なら大歓迎です。貴方と呉先生のケーキの食べっぷりを見守るのも楽しいですが……」
 最愛の人は未来のダブルデートに想いをはせるように華やかな笑みを浮かべていた。

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