- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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「祐樹、気になったのは?」
最愛の人はすぐそばにあった屋台へと下駄の音も軽やかに足を動かしている。
「祐樹、この銘柄がお気に入りだったよな?」
お揃いのブラックコーヒーの一つを渡してくれた。指先がかすかに触れ合い、薄紅色の細く長い指は名残惜しげに離れていく。ほんの刹那の、ごくさり気ない接触も胸がとくんと鳴ったのは、屋台の列と、そこを楽しそうに冷かしながら歩く人々の熱気に当てられたのかもしれない。
「ありがとうございます。貴方が、缶コーヒーを飲まれるのは珍しいですね」
祐樹がそう問いかけると、最愛の人は、いちご飴で紅く染まった唇に、ビターチョコレートのような笑みを浮かべた。いちご飴のような甘い物ばかり口にしてきたせいか、さすがに口の中が甘ったるくなってきたのだろう。それでも、少しだけ祐樹と「お揃い」にしてみたくなった。きっと、そんな淡い後悔とささやかな喜びが滲んだ笑みだったのだろう。
「先ほどの話ですが」
最愛の人の淹れてくれるコーヒーとは雲泥の差だが、缶コーヒーの中ではこれが一番美味しい。祐樹はそう思いながら、プルトップを引いて一口飲んだ。ふと隣を見ると、最愛の人も薄紅色の指で缶を器用に開けている。その一連の精緻な動きに、思わず視線が惹きつけられた。
「祐樹?先ほどの話というのは?」
白いビニール袋に入ったいちご飴と、音の柱が描かれた綿飴の袋を花束のように抱えた最愛の人が、極上の笑みを浮かべて祐樹を見上げている。夜の空の色といった浴衣に白い袋はよく似合う。
「以前も申し上げたことがあるのですが、『呪いが廻る戦い』の映画、つまりアニメの主人公たち三人が出てこない前日譚ですが」
最愛の人はブラックコーヒーを口の中で転がしながら頷いている。いくら甘い物が好きでも、いちご飴のある意味単調な味に飽きて口直しがしたいのだろう。
「ああ、あの『百鬼夜行』がメインの話か……。あちらの主人公は強すぎて、アニメの主人公が霞むので、アフリカに行った設定になっているな。あれは作者の苦肉の策に違いない。祐樹がコスプレをした現代最強の呪術師は先生役として温存したものの、その現代最強の呪術師が『僕に並ぶ呪術師になれる』と評した映画版の主人公を出したら、本編主人公の成長が描けないという大人の事情ということなのだろうな……」
コーヒーを飲み込んだ最愛の人は紅色の唇から絹のような言葉を紡いでいる。
「そこまで深く考えていませんでしたが、そういえばそうですね。最強クラスが二人いたら、主人公が霞みます。それに難しい任務でも、呪術師となって日の浅い主人公に行かせるよりも圧倒的実力を誇る前作主人公に任せるのが妥当ですよね。そう考えたら、『鬼退治アニメ』の主人公の初任務はある意味ハードルが高いかと思いました。沼を作り出す鬼は、主人公の師匠が説明した『異能の鬼』ですよね。つまり、人間をある程度食べ、鬼として強くなった証拠として『異能』が使えるようになるわけですよね。地面に沼を出現させたり、眠っている少女の布団の下から鬼の空間に落としたりできるわけですから。そういう意味では初任務はハードだと思いました」
話題が飛ぶのもデートの醍醐味だ。他愛のない会話を交わしながら屋台の列という異空間を二人で歩くだけで命や魂の洗濯になる。
「確かにそうだな。ものすごく強いわけではなかったようだが、初任務にしては荷が重そうな感じだ。あの沼の鬼の話で不思議に思ったのは、十六歳の少女だけを狙っているだろう?それも同じ町で……。大正時代は確か尋常小学校といったと思うが、襲われた少女二人はそれなりに裕福そうな家の娘で、小学校では同級生だと思う。それなのに、主人公がカラスに命じられて町に入った後の女の子は、『いなくなった女の子』としか思っていなかった。つまり知り合いではないということになる。同級生だったら、もっと心配しないだろうか……?」
再びコーヒーの缶を傾けている最愛の人の横顔を感心の眼差しで見つめた。
「私はそこまでは考えていませんでした。同じ町内で、同い年なら小学校でクラスメイトだった可能性のほうが自然ですよね。どんな姿にもなることができるラスボスの鬼は、製薬会社の社長と思しき家に養子として入りこんでいました。ああいうお屋敷の子だったら、学校に行かず――実際は日光の下を歩けないので行けずというのが正解かと思います。とにかく家庭教師を家に呼んで勉強させるというお金持ち特有の学び方があったかと思いますが、沼の鬼のいる町にいた少女はそれなりに豊かという描き方をされていましたけれども、洋館ではなくて広いながらも日本家屋でしたからね。小学校で一緒ということは充分あり得たと思います。細部まで作り込んで描いているアニメだからこそ、そういうことが気になるのでしょう。ただ、話の面白さや先の展開が気になってそこまで思い至らなかったです」
最愛の人はやや満足そうな笑みを浮かべて祐樹を見上げている。
「『呪いが廻る戦い』で祐樹が、気になったのは、映画のときに現代最強の呪術師が目を保護するために包帯を巻いていたことだろうか?」
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