「気分は下剋上 叡知な宵宮」19

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 19 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

 ただ、一度ホテルに入ったら、扇型の部屋に行って、愛の交歓になだれこむのは必至だ。花火が上がる時間までこの屋台と、人々の喧騒、そしてソースや油、そしてりんご飴の甘い香りが混ざった熱気のある空気を楽しみたい。
「ブラックコーヒーがいいな。あ!祐樹、あの女性は、恋の柱に扮している」
 最愛の人が見ている方向を確認するとたしかに「鬼退治アニメ」に登場する恋の柱だ。彼女のイメージカラーはピンク色だったと記憶しているが、祐樹の隣で弾むような声を出し、いちご飴で唇を紅く染めている最愛の人のほうが祐樹の視線を惹くのは言うまでもない。ただ、あのアニメのキャラは美人というより可愛い人という印象で、怜悧で端整な顔の彼とはまったく異なる印象の持ち主だ。そして、自分の体験したことをうまく言語化できず、擬音語や擬態語で表現していた。最愛の人なら冷静に状況を説明できるに違いない。
「そうですね。さすがに今が第二のピークの映画だけあって、キャラに寄せた浴衣を着たりコスプレをしたりする人が多いですね」
 祐樹の言葉を聞きながら赤いいちご飴を口の中に入れている。濃い紅色に染まった唇や楽しそうに弾むような表情、そして禁欲的な夜空の色の浴衣を着た最愛の人は、大学病院にいるときとはまったく印象が異なる。大学時代からの付き合いの柏木先生が裁判で証言を求められても「この人は香川教授ではなく、よく似た別人です」と断言するに違いない。
 そういう無邪気で無垢な笑みや、艶やかさを見ることができるのは祐樹だけだと思うと、誇らしさと独占欲が満たされた気持ちになる。
「――先ほどのカップルみたいに、主人公の妹に似せた浴衣や、黄色い少年の羽織の柄の浴衣ではなくて、隊服の上から白い羽織を着るというのもありなのだな……」
 無邪気な感想を述べる最愛の人の声は瓶入りのラムネの泡のように弾けている。桜餅の色の頭髪は多分ウィッグなのだろう。いや、もしかしたら気合いをこめるため、美容院に行って染めてきたのかもしれない。白いビニール袋にいちご飴を入れ戦利品のように持っている最愛の人は立ち止まって恋の柱に扮した女性を眺めている。
 その彼女はアニメのキャラほどでもないが胸も大きい。その胸の谷間が写るように彼女の許可を取ったと思しき、二次元の女性も恋愛対象に含まれる久米先生と同じメンタリティを持った「紳士たち」がスマホで撮影をしている。
「彼女の恰好ではホテルに入れませんが、単にお祭りに来て皆に注目されて、あんなふうに写真撮影されることも含めた文字通り『お祭り』というか『ハレの日』なのでしょうね。ついでに花火も見ることもできますし」
 最愛の人は、いちご飴の着色料で濃い紅色に染まった唇に悪戯っぽい笑みを浮かべ祐樹を見上げている。
「あの恰好が許されるなら、祐樹が小児科のハロウィンの催し物で扮した現代最強の呪術師の恰好で歩けば良かったな。サファイアのような目になるカラーコンタクトはまずいとしても、ホテルの注意書きでも、白い髪のウィッグや、アニメのときのごくごく一般的な服装は禁じていないのだから。あれは本当によく似合っていた」
 最愛の人の眼差しが薄いセピア色に煌めいている。彼がそう言ってくれるのは嬉しいが、祐樹としてはまったく乗り気にならない。
「さきほども申しましたが『鬼退治アニメ』の劇場版最新作は社会現象と言われるレベルです。だからこそ、みなはそのキャラクターに扮するのだと思います。それに病院内ならともかく、こんなお祭りにコスプレをして目立つ趣味はないです。病院内でも若干恥ずかしかったのを、小児科の浜田教授に恩を売るために仕方なく行ったのです。ここではそんなメリットがないので……」
 婉曲に断ろうと思った。実際問題、現代最強の呪術師のコスプレの衣装をそろえることも難しいだろうが。最愛の人は三つ目のいちご飴を舐めている。唇がさらに染まって真っ赤な薔薇という感じだ。
「メリットか……、私がもう一度だけ見たいだけなので、確かにないな」
 最愛の人の薔薇のような笑みがしぼんだようだった。
「……貴方がお望みなら、小児科から借りてきてマンションで扮しても構わないですよ。アイメイクというのですか?ふさふさの睫毛やサファイアのようなカラーコンタクトを貴方が施してくださるなら、考えてもいいです」
 最愛の人は咲くかどうか思案に暮れる薔薇のような風情だった。
「そうだな……。それはまたの機会に考えよう。『呪いが廻る戦い』で、登場人物が真球の質量をゼロだと言っていただろう?数学的には間違っていないというか、常識だけれども、いわゆる机上の空論だ」
 恋の柱に扮した女性を見るのをやめて、綿飴が売っている屋台へと近づいている彼の紡ぐ言葉に耳を傾けた。
「そうですね。数学的にはゼロでも、実際の真球を作ったとしても質量はあるはずです。体積×密度=質量ですから。あのキャラが生み出す『真球』が、たとえ極限まで滑らかで精密であっても、物体である以上は、重力の影響は受けます。それよりも、私が気になっていたのは――」
 祐樹の話に耳を傾けている最愛の人は、音の柱が描かれた綿飴の袋を持って線香花火よりも眩しい笑みを弾けさせていた。

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