「気分は下剋上 叡知な宵宮」18

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 18 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

 「鬼退治アニメ」の「黄色い少年」ならぬ「青年」の浴衣を着付けたことなどなかったかのように、最愛の人は満開の薄紅色の薔薇のような笑みを浮かべ、弾む足取りでいちご飴の屋台に向かっている。
「祐樹、よく考えたのだが、りんご飴を買わないと決めただろう?だからその代わりに、いちご飴を四つ増やしてもいいか?」
 薄紅色の薔薇にシャンパン、いやラムネを振りかけたようなキラキラと弾む笑みで祐樹を見上げている。この笑顔に祐樹は抗えない。そもそも、いちご飴は許可を得て買うものでもない。
「いいですよ。お好きなだけ買ってください」
 甘い笑みに少しだけ苦みを混ぜた。そんなにたくさん食べて消化不良を起こさないかという点だけが心配だった。しかし、彼も超優秀な医師だ。万が一体調を崩して倒れでもしたら、彼の手術を待っている患者さんや、医局の皆、そして手術室スタッフにまで迷惑がかかることも、彼は知っている。だから、体調管理には細心の注意を払っている。どの程度が限度か弁えているに違いない。
「いちご飴、九つください」
 最愛の人の声が線香花火のようにキラキラと輝いているような気がした。九個?さっき言っていた数よりも水増しされているようだが、この際黙っておくべきだろう。
「はい!九つですか?」
 こういう屋台の勤務形態はよく知らないが、バイトと思しき若者は復唱しながら、少しだけ眉を寄せた。
「――甥っ子と姪っ子が『天神祭りに行くなら、『鬼退治アニメ』のキャラを描いたいちご飴を買ってきて!』と大騒ぎでして……。ええっと、黄色い少年が三つ、主人公が二つ、その妹が二つ……で、水の柱と炎の柱が一つずつ。確かそんな感じだったかと」
 祐樹の出まかせに、最愛の人はわずかに口元を引きつらせながら、それでも力強く頷いた。こういう時は祐樹に任せて彼は黙っているに限ると、経験上知っているらしい。
「実は、最もわがままな姪っ子が、『絶対絶対!黄色い少年買って来て』と言っていて、他の屋台は売り切れていたのです。流石は人気投票一位なだけはありますね。ここにあって本当に良かったです。尤も、どこの屋台でも、岩の柱はたくさん置いてあったのですがね」
 バイトの若者は思わず吹き出しかけて白いビニール袋にそれぞれのキャラが描かれたいちご飴を入れている。最愛の人は財布を帯から出して支払いながら、まるで滑らかに舞う蝶を目で追うような眼差しを祐樹に向けていた。そんなにも舌が回るものだと、呆れと感嘆が入り混じった光で。
 こういうその場しのぎの言い訳は祐樹の得意技で、祐樹よりも頭の回転が速い最愛の人は何故か苦手だ。嘘をくくらいなら黙っているという信条や、真面目で几帳面な性格のせいかもしれない。それに、彼は想定内の事態に対して完璧なパフォーマンスをみせるが、想定外だと固まってしまう。手術のときも想定しうる最悪の事態を何通りも考えて、その対応策まで練ってから臨むと聞いている。祐樹が執刀医になってからは、手術室の外やプライベートで助け舟を出してきた。祐樹は想定外こそ生き生きとして対応策を考えるので、最愛の人と補い合って生きていける。最愛の人は卓越した記憶力、該博な知識の持ち主なので、祐樹の知らないさまざまなことを教えてくれる。
 いちご飴の入った白いビニール袋を受け取った最愛の人は、先ほどの屋台から足早に離れ、待ちきれないといった様子で、薄紅色の指で袋を開けている。まるで儀式のように丁寧な仕草で袋を開ける指がとても美しかった。
「祐樹も食べるか?」
 無垢で無邪気な、まるで瓶入りのラムネのように弾けては煌めく眼差しには「きっと食べないだろうな」という意味の光も混在していた。
「いえ、その代わりに、あちらの屋台で缶コーヒーを買ってきます。貴方はいつもの『午後の紅茶ミルクティー』ですか?」
 あれだけの量のいちご飴を買った後に甘いミルクティーを呑みたいかどうか分からないが一応聞いてみた。
「このいちご飴を食べたら、綿飴を買いに行って雲のようなふわふわの飴を食べるか、キャベツをたくさん入れてふんわりとしたお好み焼き、しかもマヨネーズの格子状にかける技術が物凄い。そのどちらを選ぶかで変わってくる……」
 いちご飴の屋台に一直線に近寄ったとばかり思っていたが、最愛の人はお好み焼きの屋台もしっかり見ていたらしい。
「あ!あそこの綿飴屋さん、音の柱の袋に入れてあるな。先にあちらを買おう」
 最愛の人が消去法で祐樹に似ていると言って、ボールすくいで取ったのも、音の柱だ。お互いの戦利品を交換したので、そのボールは祐樹の浴衣のたもとに収まっている。
「でしたら、コーヒーですね。微糖がいいですか?それともブラックにしますか?貴方は綿飴を買って、ここで集合しましょう。念のためにこれを」
 祐樹の帯に挟んでいた彼のスマホを手渡した。こんな雑踏のなかではぐれてしまったらスマホがないと永遠に会えないような気がする。最悪の場合はホテルのインペリアルフロアラウンジで待ち合わせをすればいいが、綿飴はともかくとして、お好み焼きは祐樹も食べたい。

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