- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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「どちらかというと、いちご飴ですね。愛らしい一口サイズですし――」
唇を薄紅色の耳朶に寄せた。
「ホテルでの愛の交歓のあとは喉が渇くでしょう?その時に手軽に召し上がれるのは、いちご飴ではないでしょうか?」
色香の他に何も纏っていない最愛の人が真っ赤ないちご飴を口にする。愛の交歓で紅色に染まった唇が一色、また一色と紅を加えていく様子も是非とも見たい。大きなりんご飴を舐めて真っ赤に染まる舌も捨てがたいが視認性としては唇のほうが上だろう。
「そうだな。では五本ほど買うことにする。りんご飴も捨てがたいのだけれども――ここだけの話、飴でコーティングされたりんごの品質がよくない時もあって……。もちろんシャキシャキしているりんごに当たる時のほうが多いのだが。水気を失ったりんごでも飴の甘さで何とか食べられるものの、当たり外れは大きいな。その点、イチゴ飴に使われているそれは瑞々しくてとても美味しい」
何だかMRIを比較して患者さんに最適な手術法を決める時と同じような真剣さだった。彼の心の中では、ベクトルは当然異なるものの同じように真剣に取り組むべき問題だと思っているのだろう。いつか祐樹が告げた言葉「恋とは二人でバカになること」を実践しているのかもしれない。
「要するに当たりかハズレか分からないのが、りんご飴なのですよね。しかも、赤い飴でコーティングしてあるので確かめるのも不可能ですよね。当たりが出るか出ないか分からないギャンブルみたいなりんご飴、それだと、やはりいちご飴一択ではないでしょうか?」
最愛の人は祐樹のアドバイスに一瞬だけ迷いをみせたものの、夕暮れにそっと綻ぶ撫子のように、小さく頷いた。
「あそこにいちご飴が売っていますよ」
祐樹が指で示す方向に、弾むような足取りで向かっていく。浴衣の裾が揺れるたびに、風鈴の音のような可愛らしさが祐樹の胸の奥を優しく撫でた。それに薄紅色の素足に下駄というのも新鮮で、思わずドキリとしてしまう。カモシカのように引き締まった足首の健康的な美しさと、チラリと見える足の裏が蝶の翅のようだった。
「祐樹、あれは……」
判断に迷うように振り返った最愛の人は名画「見返り美人」などよりもはるかに美しかった。最愛の人の視線の先には、前方から歩いてくるカップルがいた。女性は淡い桃色の浴衣に麻の葉模様を散らし、黒い帯を胸高に締めている。髪には桜色の小さなリボンを結んでいて、明らかに「鬼退治アニメ」の主人公の妹を模した出で立ちで、その再現度の高さに目を奪われそうになる。しかし、さらに視線を引いたのはその隣の男性だった。黄色地に参画の白模様が並んだ羽織風の浴衣――主人公の同期で、彼の妹に片想いをしているキャラを忠実に再現したその柄は、夜の屋台の灯に照らされてやけに目立つ。だが、問題はその柄ではなかった。彼の浴衣の前が大きく開き、足を動かすたびに白地に青いロゴが入ったトランクスがあけすけに覗いている。帯も結び目が下がり、ほどけかけているようだ。
「あれは……ちょっと何とかしないとダメなのではないでしょうか?ほら、『鬼退治アニメ』の主人公の妹の着物の柄を模した浴衣を着た彼女も、明らかに困っていますよね。あの状態で歩かれると、視線のやり場に困りますし……周囲も気まずいです」
最愛の人はいちご飴にちらりと視線を送り、黄色い浴衣の男性へと歩み寄っていく。夜空のような色合いの浴衣と、凛と伸びた背筋が禁欲的な色香を醸し出していた。祐樹も慌てて彼を追った。
「もしよろしければ、着付けを直しましょうか?」
その申し出に、カップルと思しき二人はまさに「地獄に仏」といった表情を浮かべて大きく頷いている。祐樹も自分の浴衣くらいは整えられるが、最愛の人は他人の着物や浴衣まで着せられることができる。ちなみに祐樹の母も他人の着付けをよく頼まれていて、最愛の人と祐樹にも教えてくれた。「聡さんはこんなにも上手なのに、祐樹は本当に不器用なんだから」と言われ地味に凹んだ思い出がある。
最愛の人の指が、迷いなく正確に動き、はだけていた黄色の浴衣は見事に本来の形を取り戻した。
「ありがとうございます、ガチで助かりました!このままだと、トランクス一丁で花火を見る羽目になるところでした」
男性が照れ笑いを浮かべて頭を下げている。
「ユウジったらもう何言ってんねん!?もっとちゃんとお礼をしなきゃあかんやろ。あの状態が続いたら、本気で帰ろかと思ってたで?」
彼女はどうもコテコテの大阪人らしい。そして、「鬼退治アニメ」の主人公の妹とは異なって気が強いタイプなのだろう。
「ほんまにありがとうございます!とても助かりました!ほらユウジももっと頭を下げんとあかんで!」
深々とお辞儀をするカップルに、最愛の人は淡い笑みをたたえ、袂から小さなスーパーボールを宝石を扱うかのように取り出した。それは水の柱のアニメ版のイラストが描かれている。
「同じ作品のファンのよしみ、ということで。花火、楽しんでくださいね」
しなやかな動作できびすを返す最愛の人から柑橘系のコロンがふわりと漂って、周りの湿度と温度を下げる錯覚を祐樹に抱かせた。
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