- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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「このたこ焼き、半分こにしませんか?」
さっきの串カツと、それから無料で添えられたキャベツも思いっきり食べた。最愛の人に「大阪人でもないのに、食べ放題とか無料という言葉に弱いのだな」と切れ長の目に月光のような笑みを宿しながら、いつも微笑まれていたのも事実だった。串カツの甘くてフルーティなソースは、キャベツの瑞々しさに驚くほどよく合っていて、つい手が止まらなくなったという側面も大きい。
「そうだな。私はこれから、いちご飴とりんご飴、それに綿菓子……あと、お好み焼きも大阪ならではの特徴が際立っていたなら、食べたいと思っている」
最愛の人は、屋台の明かりに照らされながら、とても嬉しそうに唇を綻ばせた。その食欲はまるで、祭りの夜にだけ目覚めるもう一つの胃が彼の中に秘められているかのようだ。医学的な根拠は全くないのは承知の上だが、それもまた、愛おしかった。最愛の人の無邪気で無垢な弾んだ笑みは、昔飲んだ覚えがある、瓶入りのラムネのように甘くて、そしてどこか懐かしい。彼のこのような笑みを見ることができるのも祐樹だけの特権だと思うとなおさらだ。
「あの大きな桜の木……幸いなことに、誰もいませんね。あそこで、このたこ焼きを食べませんか?」
祐樹が指さした先には、夜気をまとった桜の枝がお祭りの喧騒とは無縁のような孤高さをまとって揺れていた。頷いた最愛の人は切れ長の目が月の光を取り込んだように煌めいている。祐樹が手にしているたこ焼きは、まだ熱をたっぷり抱きしめていて、上にのった鰹節が、まるで生きているかのようにふわり、ふわりと舞っていた。串カツのソースとはまた異なる、香ばしい香りが、夜風に乗って鼻腔をくすぐる。たこ焼きひとつにも、祭りの夜の魔法が宿っているようだった。
「ウーロン茶を買ってきます。念のために」
最愛の人にたこ焼きを渡した。
「念のため?」
薄紅色の指で舟形の容器を持った最愛の人が浴衣の襟からしなやかに伸びた首を傾げている。
「後で分かりますよ」
たこ焼きの屋台に戻って氷水で冷やされていたウーロン茶を、一本だけ買った。最愛の人もこの場にいる人たちと同様に浴衣姿だったが、背筋を伸ばして凛と立っているその姿は、祐樹の目を強く惹きつけた。
「お待たせしました」
手に持ったウーロン茶のペットボトルはキンキンに冷えていてやや火照った指に心地いい。
「そんなに待っていないな。やはり映画の大ヒットの影響か『鬼退治アニメ』の主人公や、そしてこれ……」
最愛の人の薄紅色の指が慎重な動きで袂を探っていたかと思うと、先ほど交換したスーパーボールを宝石のように掲げている。
「え?そんな派手な柄の羽織を着ている人がいたのですか?緑と黒の市松模様とか、ピンク色に麻の葉模様の浴衣を着た人などは見かけましたが」
水の柱の羽織は、着こなすには相当な覚悟とセンスが要りそうだった。難。ただ、お祭りという場所だと大目に見られるのかもしれない。
「どうせなら髪型も似せて欲しかったと思ってしまったが、男性だとこの長さに伸ばすのは大変そうだな」
スーパーボールに描かれた絵を見ながら、少しだけ不満そうな表情をしているのは完璧主義の最愛の人らしいリアクションだ。
「簡単ですよ。ウィッグを買ってつければいいのです。私が小児科のハロウィンの催しで『呪いが廻る戦い』の現代最強の呪術師のコスプレをした時も、ウィッグは看護師が用意してくれました。どこで売っているかまでは聞いていませんが、ネットで検索すればきっとすぐに分かります」
桜の木が二人を祭りの雑踏から隠してくれる場所に移動したのち、爪楊枝に刺したたこ焼きを「なるほど」と言いたげな最愛の人の唇へと近づけた。彼が指摘したように標準よりもはるかに大きなタコが入っているぶん、大きいそれは重力のせいで洋ナシ形になっている。
「召し上がってくださいね」
薄紅色の唇が大輪の花のように開いて真っ白な歯が真珠のように見えた。もう片方の手でペットボトルの蓋をひねって開けた。それは、密室のホテルでは時々交わしていた、ささやかな遊びだった。しかし、こうして夜の空気の中だと何かがほんの少しだけ違って感じられた。解放感か、幸福感か、それともその両方か。ただ、これがしたくて桜の木の陰に隠れた。最愛の人は照れたような笑みを浮かべたかと思うと、描いたような眉を寄せた。
「美味しい。けれど……」
大きく口を開けてたこ焼きの熱を空気で冷まそうとしている。
「どうぞ、これで冷やしてください」
彼は、祐樹が差し出したペットボトルを感謝の眼差しで受け取り、ゆっくりと口に含んだ。飲み込まずに、しばらく口の中で冷たさを転がしてから、ようやく喉を鳴らした。
「念のためと祐樹が言った意味が分かった……。祐樹、ありがとう。熱くないたこ焼きは論外だけれども、熱すぎるのも火傷のもとなのだな……。中のタコはぷりぷりしていてとても美味しかったし、ソースも程よい辛さだったのだけれども」
祐樹はさも重大なことを告げるように口を開いた。
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