- 「気分は下剋上 叡知の宵宮」1
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「それは本当に良かったですね。私はこのラスボス、自分が攻撃されたときに、加害者である主人公たちのリーダーの『妻と娘は承知の上だったのか?』と考える点が妙に現実的で、むしろ小物感がにじみ出ていた気がします。あんなのが実際に居たら主人公みたいに『絶対に斬る』とか思いそうです。なぜなら日光に当たると死ぬという代償の代わりに永遠の命を得たわけですよね。夜行生物のように夜だけ行動すればいいだけの話で、日光の下を歩けないことくらい我慢しないワガママさが嫌いですね」
紙の網が貼ってある金具部分でマイケルジャクソンみたいな髪を三回つついた。
「それはそうだな。ただ、時代は大正時代だろう。ラスボスが誕生したのは平安時代だ。今のように二十四時間開いているコンビニエンスストアがあるわけでもないし、江戸時代だったら夜鷹蕎麦屋が細々と営業しているとか――」
最愛の人の話を興味深く聞きながら、水の柱のスーパーボールをどうやって取るか考えた。職業柄集中力の完全分割は得意だ。
「夜泣き蕎麦ではなくて、夜鷹蕎麦といったのですか?夜鷹って、茣蓙を抱えて男性を待つ、春を売る人ですよね。あれ?吉原遊郭などは夜通し明るいイメージですが…・・?」
最愛の人が嬉しそうに持っている、音の柱が大活躍したのも吉原遊郭だ。尤も物語の舞台は江戸時代ではなくて大正時代だ。ただし、相手の鬼は江戸時代から遊郭を根城にしていた。
「江戸時代の吉原は――あっ!祐樹、今の、惜しかったな!」
最愛の人ががっかりしたような声を紡いでいた。球形ななだけに、引っかかる場所がなく、するりと逃げてしまうのが何とも歯がゆい。
「ですが、まだ全く破れていません。きっと取れると思います」
最愛の人はしゃがんだまま祐樹の身体へとさらに近づいた。木綿の浴衣が触れ合い、眠る猫の吐息ほどの微かな衣擦れの音が耳に届いた。その直後、彼の愛用する柑橘系のコロンの香りがふわりと鼻先をかすめ、祐樹の心は凪いでいく。そう、祐樹が今狙っている、水の柱の独自の技「凪」のように。
「吉原遊郭の大門が閉まるのは現在の六時だ。その後遊女たちは宿泊客の対応に当たったらしい」
意外に早いのだなと思いながら網を掴んだ指に神経を集中させる。やった!と思った瞬間に、最愛の人の小さな拍手がまるで線香花火がそっと夜空に火花を散らすように弾けた。
「祐樹、おめでとう!流石だな。中央にあるボールをすくうなんて。それにしてもこういう遊びもいいな……手先の集中という点では手術と同じだし、成功した時の達成感も似ているような気がする。しかし、手術の時には反省点が必ず出てくるだろう。そういうことがないので、実に清々しいと私は思った」
祐樹の手には、文字通り水に濡れた水の柱のボールが煌めいていた。最愛の人の薄紅色の手のひらには、拍手の時とは異なって音の柱が載っている。
「それは全く同感ですね。反省点が全くなく『遊び』として完成していますよね」
最愛の人は何かを考えているように、いや言葉を探すように黙っていた。
「――祐樹……祐樹がすくったのと、私のとったボールを交換しないか?この天神祭りの記念にしたいのだ。祐樹が、水の柱を狙って、しかも難易度が高いにも関わらず、それを取った。そして祐樹の思い入れのある登場人物なので無理なら無理と言ってくれても、全く構わないのだが」
遠慮がちな言葉を、薄紅色の唇から紡がれたとき、祐樹はほんの一瞬考えた。
「良いですよ。私が大好きなのは水の柱ではなくて……」
言葉を続けようとした時、祐樹の指先と手にしたボールに注がれる視線を感じた。小学生くらいの男の子が羨ましそうな表情を浮かべている。
「ママ、あの男の人、映画でめちゃめちゃカッコよかった柱のスーパーボールを持ってる!!僕も欲しい!!」
いくら普段と服装や髪型を変えていても、鋭い人なら気付くかもしれない。「例の地震」の時にテレビに出たあの二人だと。京都で起きた地震で、救急救命室にいた祐樹の安否をともかく確認しようと取るものもとりあえず最愛の人が駆けつけてくれた。最愛の人と祐樹のマンションは病院の徒歩圏内だ。教授職の誰よりも早く病院に着いた最愛の人が指揮を執ることになり、神戸からヘリで駆け付けてくれた森技官の勧めに従って、NHKだけ病院の中に招き入れた。京都に親戚や友人知人がいる関西の人は皆ニュースと地震関連の特別報道番組を見ていた。そこにたびたび映っていたのだからピンとくる人も多いだろう。
祐樹は最愛の人に目配せを送り、「離れますよ」と声を落として告げる。薄紅色の手首をそっと掴み、早足でその場を離れた。あのまま立っていれば、「お金を払いますので譲ってください」と、母親から図々しいお願いをされたかもしれない。何の思い入れもない物だったなら、お金など払ってもらわなくても、男の子が欲しがったら喜んで渡しただろう。しかし、最愛の人が二人で来た天神祭りの記念として欲しがっている特別で格別なボールだ。おいそれと人に渡していいものではない。これだけは絶対に死守だ。

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