「気分は下剋上 叡知な宵宮」12

「気分は下剋上」叡知な宵宮
This entry is part 12 of 26 in the series 気分は下剋上 叡知な宵宮

 なにしろあのキャラは睫毛の量も人間離れしていたし、瞳だってサファイアよりも綺麗だ。小児科の看護師が用意した付け睫毛やカラーコンタクトは恐怖でしかなかった。いうまでもなく外科医は目が命だし、ずっと裸眼の祐樹はコンタクトレンズを使ったこともない。
「あの時は、貴方が小児科に来てくださって助かりました。私が知る限り最も器用な人ですから、大切な目を託すのは貴方しかいないと心の底から安堵しましたよ」
 照れながらも誇らしげなその笑みは、春の風にそっと揺れる薄紅の木蓮のようだった。
「確かな実力に裏打ちされた自信とか強気な感じは祐樹に似ていたな。祐樹や、脱サラ呪術師に扮した柏木先生、そして主人公に『頭、富士山!』と言われた呪霊役の久米先生を吹き抜けから見ていた。もちろん、私が最も長く見ていたのは現代最強の呪術師役の祐樹だ。ちなみに一緒に見ていた浜田教授も『やはり田中先生が適役ですね』と言ってくれて内心鼻が高かった」
 そう祐樹に告げた最愛の人の眼差しがセピア色に煌めいていた。
「貴方にそう言っていただけるだけで、とても嬉しいです。それに浜田教授は東大病院出身のざまですが、お父様がうちの病院に所属した過去がある、かなり慕われていた関係上、恩を売っておくに越したことはありません。そういう打算がなくてもご本人の気さくな人柄は気に入っています」
 何しろ、内科の内田教授と最愛の人、浜田教授と祐樹の四人で「硬い話は抜きにして、面白いアニメやマンガの話をしましょう」という呑み会を開催したのは本当に楽しかった。特に「鬼退治アニメ」の細かい点について本気で討論するなど、祐樹にとって、まったく新しい経験だった。
「――久米先生はネタ枠で、本人は『顔すら分からないなんて』と、半分はがっくり、半分怒っていましたけど……それもご愛敬ですよね」
 祐樹は浴衣に包まれた肩を竦め、口角をわずかに上げた。
「久米先生は、私に『またこういうイベントがあるなら、是非参加したいです!』と楽しそうに言っていた。どちらが本音なのだろう?」
 外科医としては将来を嘱望されている久米先生だが医局の愛すべき「イジられキャラ」として親しまれている。久米先生は学生時代から手術のモニタールームに時間があれば通っていたという、祐樹よりもよほど勉強熱心な学生だった。その真面目で優等生な彼は、祐樹には本音を漏らしていたものの、最愛の人には建て前で言ったのか、あるいは次回はせめて顔が見える役を望んでいたのか、その真意までは分からない。
「それは本人に聞かないと分からないですね。――さてと、すくいますね。貴方は誰を狙うのですか?」
 準備運動として軽く腕を回しながら聞いてみた。
「私は消去法で、音の柱だな」
 その意外な選択に、祐樹は思わず目を見開いた。
「何故、音の柱なのですか?」
 最愛の人は、薄紅色の唇に小さな笑みの花を咲かせた。
「前向きな性格と、責任感の強さが……祐樹に似ていると思ったからだ」
 それほど似ているとは思わなかったが、最愛の人がそう思うならそれでいい。二人して網を持ちしゃがみこんだ。
「コツはですね。紙をなるべく濡らさないことです。水に漬ける時間は最小限にするのです。それと……すくうときは、紙の端っこを使って滑らないようにすると破けにくいです」
 祐樹の伝授に、最愛の人はまるで優等生が教師の授業を聞く時のように、真面目な顔で頷いていた。何をするにも真剣なその態度に、祐樹は思わず唇を弛めた。
 風向きが変わり、どこからかベビーカステラの甘い香りがふわりと漂ってきた。最愛の人の表情を見て、「後で買いましょうか?」と提案すると、彼は夜の空の色の浴衣の襟元から覗く薄紅色の細い首が、嬉しそうに縦に動いた。
「ああ、破れてしまった……」
 残念そうではあったが、どこか弾んだ声がした。祐樹は水の柱を攻略すべく手元に集中していたが、最愛の人の網をふと見やった。確かに、紙には30度ほどの角度で穴が開いている。
「まだ、330度も残っています。大丈夫、貴方ならコツを掴めばきっとすくえますよ」
 手先の器用さ、優れた運動神経、そして抜群の視力。それらを持つ彼に足りないのは、ただ――経験だけだ。
「そうだな……祐樹は濡れているのに破れていないのは流石だな……」
 心の底から感動したようなため息交じりで言われた言葉が妙に嬉しい。
「それはそうなのですが、目当ての水の柱は中央にいるのです。だから、なかなか難しいですね。貴方のように高嶺の花ですが……絶対に取ってみせます」
 最愛の人はへりよりも中央にあるボールを取ることのほうが難しいと即座に理解したようで頷いたが、「そうだろうか?」とでも言いたげな顔をしていた。祐樹が研修医だった頃、教授職に就いていた彼は、まさに「手の届かない場所」にいたということを、本人は、あまり自覚していない。大学病院ではなく、アメリカの病院で医師としてスタートを切ったせいかもしれない。
「やった!すくえた!!」
 薔薇色に弾んだ声がすぐ隣から聞こえたのと、祐樹が「鬼退治アニメ」のラスボスをやっと退け、本命に取りかかろうとした時だった。

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