「気分は下剋上 月見2025」21

月見2025【完】
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This entry is part 21 of 25 in the series お月見 2025

「特に畳の部分に私が差し上げた愛のエキスを零さないでくださいね」
 最愛の人の花園の門は、どういう遺伝子のバグなのか激しい愛の交歓をしたのちにも花園の門はきっちりと閉ざされると知っていた。祐樹が、一夜の戯れに抱いた男性はみな、行為ののち、ぽっかりと穴が開いていた。祐樹はスキン着用を怠らなかったので、その祐樹の穿った穴から白い樹液を滴らせることはなかった。
 祐樹は、そういう防御なしで身体を重ねたのは最愛の人が初めてで、最後になるだろう。それはともかく祐樹の注文は最愛の人には決して無理難題ではなく、むしろ簡単なことだ。
「分かった、気をつける。私も祐樹からもらったものは全て大切にしたいので」
 最愛の人は、祐樹が腹部に滴っている彼の愛の樹液を手でせき止めているのを見て、薄紅色に香る切れ長の瞳を見開いた。
「祐樹、もしかして、あの愛の交わりの形……あれは床にこぼさないようにするためか?」
 愛の交歓の余韻で匂やかに香る肢体の足を止めて祐樹を見上げている。
「そうです。いくら世の中の理解が進んでも、やはり隠すべきだと思っていますので」
 最愛の人の涙の膜の下で煌めく怜悧な瞳にも無垢さと淫らさが混ざった光を放っていた。
「そうか。そういうふうに自制が働くのが祐樹の良さなのだけれども――」
 最愛の人は紅色の唇をいったん閉じた。
「しかし、理性など蒸発して私を求めてほしいという気持ちは、わがままだろうか?」
 最愛の人は紅色の細く長い指で露天風呂へ通じる障子戸を左右に引いた。
「わあ!」
 最愛の人が歓声を上げるのももっともだった。ひときわ冴え冴えとした月光が石造りの湯面にふんだんに降り注ぎ、湯けむりが青白く光っている。灯篭の明かりが控え目に揺れ、湯の縁に影を落とすのも、幽玄めいた雰囲気だ。そしてその光と影の境界に、風にそよぐススキが銀色に光る穂を振っていた。
「……まるで満月が、この湯を照らすためだけに昇ってきたみたいですね」
 祐樹が小さく息を呑むと、最愛の人も愛の交歓で紅く染まった顔ではなくて月光の蒼さを映してブルーダイヤのような趣きだった。
「そうだな。この光の中に入るのが、少し惜しいくらいだ」
 最愛の人は一回お湯に入っていたが、それはまだ月が昇る前のことだ。そして大急ぎで出たのできっと灯篭にも火は入っていなかったのだろう。きっとススキと岩だけは見ただろう。祐樹はシャワーだけを浴びたのでこの露天風呂を見るのは初めてだ。
「先に入ってください。私は――惜しいですが、この真珠の雫を洗い流してから入ります」
 最愛の人は祐樹の意図に気付くことなく頷きお湯へと入っていった。冴え冴えとした月明かりに照らされた聖なる空間としか思えない「泉」にいる妖精のような最愛の人は祐樹が思っていた通りだった。露天風呂の湯けむりも、最愛の人が纏うと神秘的な霧のように見えた。
「月見酒一式のお盆を持ってきますね」
 最愛の人の肢体には愛の交歓の余韻がそこかしこに宿っていて、その艶やかさと妖精のような精緻さが奇跡のようだった。妖精というより、もしかしたらギリシャ神話の神のような気がした。ただ、祐樹の知っている限り、ギリシャ神話に最愛の人とぴったりの神様はいないのが残念だ。
 最愛の人の精緻な美しさは月とよく似あう。二人の関係がまだ安定していなかった頃、天橋立に行った。松から出た月にさらわれるのではないかという、埒もない気がして彼を背後から強く抱きしめた記憶があった。大振りのお盆を持って最愛の人の待つ露天風呂へ戻った。
「お待たせしました。まさに月見酒という雰囲気ですね」
 先ほどとは異なる黒い漆器の盃を最愛の人に渡した。薄紅色の細く長い指に黒い漆器が華やかさを添えているような気がした。
「この旅館では漆器を露天風呂で使うのだな」
 祐樹が注いだ日本酒にも月が映っていた。
「ああ、そういえば漆器は水や湯に弱いですからね。最高の贅沢としてこの盃を使っているのでしょう」
 最愛の人も祐樹の盃にお酒を注いでくれた。
「ありがとうございます――しかし、私にとって最も贅沢なのは、貴方と過ごすゆっくりとした時間です。先ほど貴方が、『理性を蒸発させてほしい』とおっしゃいましたが、我慢に我慢を重ねて聡の極上の花園に迎え入れられる瞬間が大好きなのです。それに、ここ……」
 お湯に浸かったせいで濃い紅色の胸の尖りに一粒だけ落とした熱い真珠の粒は溶けてしまっている。祐樹が左手で尖りをツンと弾いた。
「あ……っ」
 鈴虫よりも小さい声が甘く艶めいた泡となって月へと昇っていくようだった。
「ここをね、長く愛されると大きくなったり形が崩れたりするらしいのです。聡のこの尖りは私に愛されるようになってから感度こそ上がりましたが、大きさは変わっていませんよね。そしてルビーのような色と形が堪らなくそそられます」
 最愛の人は祐樹の指の動きを、瞳を閉じて感じていた。その薄紅色のまぶたが小さな扇のように開いて、どこか不安そうな眼差しで祐樹を見た。

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