「気分は下剋上 知らぬふりの距離」51

「気分は下剋上 知らぬふりの距離」
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This entry is part 78 of 100 in the series 知らぬふりの距離

「こちらは入院患者さんの有瀬誠一郎のご子息の夏輝さんです。すっかり広瀬看護師と打ち解けたようですね。夏輝さん、こちらは医局長の柏木先生です」
 柏木先生は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。医局長として入院患者の把握は職務の一環だが、そのご家族のことは主治医と、そして手術前説明をする執刀医くらいしか顔を合わさない。だから本来なら紹介の必要もない。
「柏木先生、夏輝くんってとても好青年なんですよ」
 広瀬さんが声をかけたら柏木先生は、チラッと大きな胸に視線を走らせたものの思い直したように夏輝に会釈をした。
「初めまして。柏木先生とおっしゃるんですか?有瀬夏輝と申します。ちなみに、季節の夏に輝くと書きます。夏だけにしか輝けないのが少し切ない名前ですよね」
 夏輝の言葉に柏木先生も自己紹介をしていたが、祐樹は聞いてなかった。それよりも、柏木先生が広瀬さんのバストを見たとき、あれが広瀬さんの言っていた「そういう」目なのだろう。
「おっと、そろそろ行かなくては。田中先生、ちゃんと要点はまとめただろうな」
 柏木先生はくびれたウエストから視線を外している。きっと本能と理性がせめぎあって、後者が勝ったのだろう。やはり、広瀬さんが言うとおり、普通の男性は「そういう」目で彼女を見ることは確定事項だ。ただ、有瀬誠一郎氏は……?祐樹は同じ性的嗜好を持った人を見分ける勘を持っている。
 森技官がでっち上げた最愛の人の手術ミスの画像公開と引き換えに関係を迫られた呉先生が相談に来たとき、初対面の呉先生もこちら側の人間だとピンと来た。最愛の人の手術ミスを捏造されたことには激怒したが、呉先生が実は嫌がっていないのではないかとも思っていて、それは大正解だった。今は森技官を尻に敷きつつ仲良く暮らしているし、何より最愛の人が「私が手術ミスをしていないことは医局員や手術室ナースなど誰に聞いても立証できるだろう?だから気にしない」と事もなげに笑い飛ばしていたこともあって祐樹も矛を収めた。
 しかし、その勘が狂うことも過去に一回だけあった。二歳しか違わないのに、母校の教授に抜擢された最愛の人がアメリカから凱旋帰国したときだ。「専属の内科医まで連れて帰るらしいぞ。きっと恋人とか愛人に違いない。そういう女性が何人もいるんだろうな」と医局員が声高に不満を漏らしていた。当時の医局は今のように職務に勤しむ空気ではなくて、医師だと会費が無料になる結婚相談所のお見合いパーティーで女性をお持ち帰りした人数を声高に自慢する医師もいた。今思えばその濁った空気に毒されていたのかもしれない。
 それはともかく、関空に迎えに行ったら彼は美人の内科医と一緒だった。世界的な名声と莫大な資産そして、美人の婚約者を得ている彼に対し、祐樹は単なる研修医という格差を見せつけられ、悔しいという気持ちが転じて怒りとなったのも事実だ。そのときは、彼が祐樹に振られる前提で帰国したなどとは思いも寄らなかった。長岡先生と婚約していると言っていたのも、彼女の真の婚約者の岩松氏に両親が大歓迎する政治家一族の令嬢との縁談が持ち込まれ、両親を説得するまで二人の関係は伏せておいてほしいと岩松氏が長岡先生に頼んだと聞いている。そして、最愛の人は永遠に結婚する気がなかったので婚約者役を演じていただけにすぎなかった。長岡先生の存在がなかったら、勘も働いただろうか?そう考えてぎくりとした。有瀬誠一郎氏には香織さんという妻と夏輝という息子がいるという情報を先に知ってしまっていたので、フラットな視点が欠けていたのかもしれない。
 そもそも夏輝とはゲイバー「グレイス」で両親よりも前に会っている。そして仲良く会社経営をしていると彼から聞かされていた。それが目くらましになってしまっていたと考えるのはどうだろう。
「田中先生、どうした?どこか具合でも悪いのか?」
 柏木先生の声で我に返った。
「いえ、兵頭さんのウツが手術にどう影響するか考えていました。精神科に協力要請するのでしょうか?」
 柏木先生は苦虫を噛み潰したような表情だ。
「あの科はなぁ……瞬間湯沸かし器とか生きた化石とか言われてる教授がいるだろう。先ほど田中先生が久米先生、そして医局にいた医師に宣言してくれたパワハラ・セクハラ根絶は医局的にも正しい判断だと思う。しかし、あそこはそんな『最先端』のモラルなど通用しない世界だろう?――広瀬さんに快適に働いてもらうにはどうしたらいいと思う?」
 話題が変わったのは、エレベーターホールに他科の医師が数人いたせいだ。所属している医局の話題なら問題ないが、他科の批判は内政干渉だと判断される恐れがある。
「先ほど少し彼女と話しましたが、患者さんからも被害を受けているらしいです」
 祐樹に彼女は言葉を濁していたが、視線だけでなく身体を触られることだってあるような気がした。看護師の職務に清拭があって、当然男性器も含まれる。勃起する程度で動じる看護師はいないが、そのムラムラした気持ちから手が動くということも十分あり得る。広瀬さんの美貌とスタイルの良さを以前から知っていたのに、なぜこのことに早く気付かなかったのかと忸怩たる思いだった。

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