「これはすごいですね。防弾ガラスで割れない仕組みですね。トイレも固定式で、便座のフタもありません。患者さんは驚くべき力を発揮しますからね。便座のフタだって軽々と取ってしまって武器にするケースも実際経験しています。カーテンも手では引きちぎれないような頑丈な繊維を使っています。これはうちの閉鎖病棟よりもよく考えられていると思います」
川口看護師は感心したように言った。祐樹は便座のフタがない点など寒々しさを感じていたが、精神科の視点からすると百点満点らしい。
「これはどなたがお作りになったのですか?」
川口看護師が興味津々といった感じで聞いてきた。
「それは私です」
最愛の人の怜悧で落ち着いた声が凛と響いた。祐樹が振り返ると純白の白衣を纏った彼が祐樹と視線を交わした。案ずるような、そして温かみのある視線が祐樹に注がれ、祐樹は「大丈夫です」とアイコンタクトした。そして三好看護師の様子や臀部をさすっている久米先生を見、安堵したかのような笑みを浮かべている。
「香川教授!精神科ナース、特にメンズナースを代表してセクハラ禁止条項についてのお礼に参りました!」
どちらも大した怪我ではないのを即座に見破ったのだろう。
「久米先生は三好看護師と共に医局に戻って、彼女の患部を診て湿布などの手配をお願いします。私は協力をお願いした不定愁訴外来の呉先生が来るまで兵頭さんを診ます」
川口看護師と西看護師は最愛の人が病院内で名高い香川教授だと分かったのだろう。今にも土下座しそうな感じだった。
「香川教授が、この患者さんが先ほどのように暴れたときに、『神の手』と呼ばれる香川教授の手を怪我させてしまったら大変です。それに呉先生も華奢ですよね。我々が念のために付き添っていていいですか?精神科では医師が一人になることはなく、必ず我々のような看護師が傍にいます」
川口看護師の提案に最愛の人はごく淡い笑みを浮かべて頷いている。精神科では暴れる患者さんも多いと呉先生から聞いていたので、川口看護師の提案は有難い。川口・西看護師は久米先生と三好看護師が、この「開かずの間」から離脱したときに、広瀬看護師の顔と身体を「ほう」という感じで一瞬見ていたが、我に返ったように視線を逸らした。多分、自分たちが患者さんから行われていたセクハラを嫌悪していたのに、広瀬看護師の出るところは出て締まるところは締まっている身体をジロジロと見たら、セクハラ患者と同じ穴のムジナになることに気付いたのだろう。
「精神科の川口看護師と西看護師ですよね」
最愛の人の言葉に二人とも驚愕したような表情だった。最愛の人はビデオカメラ並みの記憶力を持っていることは祐樹以外知らない。だからこそ、他科のナースを覚えるくらい彼にとっては朝飯前だが、そんなことを彼らは知らない。医師ならばともかく看護師に過ぎない彼らを「香川教授」が覚えてくれていたことに感謝感激といった雰囲気だった。
「――私は看護師も専門知識を持ったプロフェッショナルだと認識しています。その彼らの尊厳を踏みにじるような患者にウチの病院にいてもらう筋合いはありません。また、この部屋を作ったのも、心臓外科に入院した患者さんに対して責任があります。自死などもってのほかで、生活の質を担保し笑顔で退院してもらうのが私の責務だと思っています。そのためメンタルの不調を起こしてしまう患者さんのためにこの部屋を作ったのです」
最愛の人の怜悧で落ち着いた声に、川口・西看護師は感心したような表情を浮かべていた。
「それなら我々も協力を惜しみません。香川教授も不定愁訴外来の呉先生も、この患者さんに吹っ飛ばされるリスクがありますので、お付き合いします!他の先生ならそこまでの協力はしないです」
最愛の人は小さな花のような微笑を浮かべて彼らを見ている。
「ちなみに、精神科の医師がこの病室に駆けつけた場合、そこまでのご助力をされるのですが?」
気になって祐樹は聞いた。
「ご存知かどうかは分かりませんが、梶原先生なら対応しますが、他の先生だったら、業務時間外なのでとっとと帰ります。そもそも香川外科に参ったのは教授と田中先生にお礼と陳情をするというのが目的だったのです」
呉先生が言っていた通り梶原先生はメンズナースに好かれているのだろう。
「なるほど、よく分かりました。山先生のことはご存知でしょうか?」
どの時点で左遷されたかは知らないが、メンズナースに慕われる医師というのは良心的な、そして有能な精神科医なのだろうと思い、祐樹は質問した。
「お名前だけは存じていまして、尊敬すべき医師だったと聞いています」
ということは、呉「教授」がめでたく実現したときには山先生を呼び戻すという方針がベストなのだろう。
「川口・西看護師のご協力については、正式に真殿教授へお礼のメールをしておきます」
最愛の人が言うと、彼らは青ざめて太い首を思いっきり振っていた。
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すみません。体調不良のため、更新時間がばらばら、そして「秋」などは更新できないことをお許しください。
こうやま みか拝
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