「気分は下剋上 知らぬふりの距離」64

「気分は下剋上 知らぬふりの距離」
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This entry is part 91 of 100 in the series 知らぬふりの距離

「田中先生、この患者さんをどの病室にお連れすればいいのですか?」
 ポロシャツ姿の男性が兵頭さんの腕をがっしりと掴んでいた。その腕の太さは、広瀬看護師のウエストくらいだった。祐樹のことを知っているということは病院関係者だろうが、あいにく祐樹は知らない。もう一人のTシャツの男性も腰を低くしていつでも兵頭さんを制止できる体勢を取っている。その動きの連携ぶりに思わず目を見開いた。――それに二人ともものすごく手慣れている。心臓外科でこういうことが起こることは少ないので、三好看護師や広瀬看護師は動揺を隠せていない。
「三好さん、お怪我はありませんか?今なら医局に柏木先生がいると思うので怪我がひどければ、まずそちらへ」
 兵頭さんに突き飛ばされて転倒した三好看護師に声をかけていると、久米先生が「痛てて!」と言いながら起き上がった。そういえば祐樹が無事だったのは、久米先生が身を挺して庇ってくれたから……というと美談になるが、実際は彼のぜい肉に救われたという冗談みたいな話になる。
「でも、田中先生に怪我がなくて良かったです」
 祐樹は、久米先生に頭を下げた。
「久米先生にお怪我はありませんか?」
 臀部をさすっているだけで無事なようだ。尾てい骨骨折などがあったらこんな表情ではないはずだ。ただ、病院関係者と思しき二人の男性というだけで兵頭さんを任せるわけにはいかない。自己紹介を促そうとしたら、久米先生が晴れやかな表情で口を開いた。
「こちらは精神科の看護師さんで、詳しい事情は知りませんが、田中先生にどうしてもお礼が言いたいとおっしゃったのでオレ、いや私が案内してきたんです。こちらは東看護師、そしてこちらは川口看護師です」
 久米先生が兵頭さんの腕を掴んでくれている男性を東看護師だと紹介していた。精神科のメンズナースらしい。それならば患者さんの急な錯乱や発作的な自死の対応にも慣れているだろう。強力な助っ人が来てくれて正直ほっとした。
「いえ、僭越ながら……私は川口です。そして、こちらは『東』ではなく西です」
 久米先生は己の失態を誤魔化すためか、大袈裟に顔をしかめて臀部をさすっている。二人の筋骨隆々としたメンズナースの名前を取り違えて覚えていたのも問題だが、それ以上に名字まで間違えているとは久米先生らしい。有能だがどこか抜けているのが久米先生だ。ただ重要な点はビシッと決める「有能な」研修医だ。兵頭さんは先ほどの勢いは嘘のように川口看護師の腕に支えられやっと立っているといった状態で安心した。
「こんな時に恐縮ですが……田中先生、患者さんの容態が安定していますので、少しだけお時間を頂けますか。いざとなれば我々が責任を持って、身体を張ってでも取り押さえます」
 精神科のことは正直祐樹などよりこの二人に任せておいたほうが良いだろう。差別する意図は全くないが、女性看護師よりも力もあり、何より場慣れしている。
「はい。よろしくお願いします。三好看護師、念のために医局に戻って柏木先生に診てもらってください。男性の医師よりも女性がよければ、長岡先生ではなく、他科を受診したほうがいいです」
 香川外科唯一の女性医師である長岡先生は手先が驚くほど不器用なので三好看護師が怪我をしている場合、却って悪化させかねない。
「いえ、大丈夫です。軽い打撲だと思います。さして痛みもありませんので、この場におります」
 三好看護師も何とか無事のようで安心した。
「――セクハラ禁止条項が田中先生の発案で出来ると聞いて、我々の中に希望の光が差し込んできたのです!それでお礼と、そして、なにとぞ、男性も女性と同等に扱って頂きたくお願いに来た次第です!」
 兵頭さんは二人が適切に押さえているお陰か再び「虚無のお地蔵さん」という感じに戻り、広瀬看護師の後ろをとぼとぼと就いて歩いている。
「それに!こんなに大きな果物かごを頂きました!」
 久米先生は何故か一行に加わり、プヨンとしたお尻をさすっていた手を果物かごの大きさを再現するように動かしている。メロンどころかスイカも入っていそうな大きさに、メンズナースの切実な願いが込められているような気がした。
「それはご丁寧にありがとうございます」
 祐樹が頭を下げると川口看護師は照れたように笑った。バキバキの筋肉と、そして割と整った童顔は、ある意味女性受けするだろう。――そのせいで局部を触られたり抱きつかれたりするわけかと何だか納得した。いや、望まない行為はセクハラなので絶対にダメだ。
「臨時教授会に提出する条項は、香川教授が本日これからお作りになると聞いています。そもそも教授も私も男女の区別なく禁止ということで一致しています」
 彼らはホッとしたような笑顔を浮かべた。
「この病室ですか。なるほど」
 川口看護師と西看護師は感心したような表情で部屋の中を見回していた。

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