「お医者様も看護師さんも髪の毛の色を染めるのは禁止なんですか?」
夏輝は瞳をキラキラさせている。
「あ!でも救急救命室の家族控室でドキドキしながら待機していた時に目立たないように染めている看護師さんがいました!!」
夏輝は将来の職業柄そういうことに気が付くのだろう。祐樹は看護師の髪の色までいちいち覚えていない。患者さんの心電図は一瞬で覚えるが看護師の髪色なんて複雑すぎていちいち覚えきれない。先ほど話に出てきた金色と黒の、ミスタードーナッツのエンゼルフレンチのような髪の毛だったら即座に気が付くだろうが、そんな奇抜な髪色だと杉田師長が白髪染めを買って「即座に染めなさい」と怒鳴りそうな気がする。
「禁止事項として盛り込まれているわけではないですが、不文律というか皆が普通の髪色と髪型をしているので似たり寄ったりになってしまいますね」
最愛の人は夏輝の発想が面白かったのか涼しげな笑みの花を咲かせている。
「そうなんですか?少しパーマをかけるとイケてる感じになりますよ。香川教授は前髪を後ろに流していて教授らしい雰囲気は残す必要がありますよね?だってドラマで観る偉い人はみなオールバックですから……。田中先生は少しカールを加えませんか?せっかく頭の形がいいのでパーマも映えると思います」
いつの間にか夏輝主催のヘアスタイル講座になっている。
「それが……、パーマってお湯や水に濡れたらクルクルになってしまいますよね。私も手術後にはシャワーを浴びるのです。手術室エリアには多人数で浴びるシャワールームがありまして、ドライヤーに下手をするとありつけないのです。クルクル頭のまま主治医を務める患者さんの前に出て行けないので、謹んでご遠慮申し上げます。今の髪型なら、たとえ濡れていたとしてもジェルで固めたのだなと勝手に患者さんが思ってくださいますから便利です」
最愛の人は祐樹の黒い髪を見ている。
「少しパーマをかけた祐樹も見てみたいな……」
最愛の人が何と言おうと髪型を変えるつもりは毛頭なかった。
「オフの日にウイッグを被ることはやぶさかではないですが、地毛で冒険はしたくないですね。それよりも呉先生は似合いそうですよね」
髪型が最も自由になるのは呉先生に違いない。そう思って振ってみたら、呉先生はコーヒーに噎せて咳き込んでいる。唇を閉じるのが一瞬遅れていたら、机の上はコーヒーまみれになっていたに違いない。
「え?オレですか?パーマは学生時代に当てたことがありますけど、髪の毛が細すぎたのか、何だか鳥の巣頭になってしまいました。それにシャンプーやトリートメントをした後にタオルドライではなくてドライヤーで乾かさないとダメなんでしょう?その時間が勿体ないです。それでなくとも寝ぐせを職場まで直さずにきて、看護師にいつも注意されているんです。そのたびごとに水をつけて髪を撫でつけるのも面倒くさいもので……。ドライヤーで乾かすのも時間の無駄だと思ってしまうオレにはパーマなんて無理ですよ」
慌てているスミレのような表情で却下している。そういえば最愛の人と呉先生、祐樹と夏輝だと呉先生の髪が最も細い。だからパーマをかけると鳥の巣になってしまうのではないかなと思った。あくまで髪質からの想像だが、雨の日にスズメが止まっていてもおかしくないような気がする。今は亡き……いや今はいない森技官は、黒々とした髪の毛だし、太かったなと。ただ、ザ・官僚といった出で立ちなので髪の毛にパーマをかけることなど思いもつかないだろう。
「呉先生がパーマをかけた姿を見てみたいです。祐樹もそう思うだろう?」
冗談で言っているのかと思いきや最愛の人は真面目な表情だった。呉先生は不器用だし、おしゃれに気を使うタイプでは全くない。だからパーマをかけて美容院を出たときはスミレの花の可憐さが際立つ髪の毛になっているだろうが、帰宅したり途中で雨に遭ったりしたら鳥の巣頭になってしまうだろう。
「そうですね。ただ、一応は独立行政法人の職員ですから役人に準じますよね。役人はそういうお洒落をしてはいけないのではないでしょうか」
この場を収めようと無難に告げた。
「田中先生が行った『呪いが廻る戦い』のコスプレは良いんですか?ものすごく似合っていて、ガチでびっくりしましたけど……。あれってウイッグですよね」
夏輝は鋭い点を突いてきた。病院にいて職員の髪型が気になったらしい。とはいえ、事務局の女性は控えめな茶髪に染めている人もちらほらいるが、夏輝の目に入ってはいないらしい。
「あのコスプレは小児科主催のハロウィンの催し物だったのです。小児科病棟に入院を余儀なくされている子供たちに愉しんでもらおうと小児科の教授が香川教授に私を貸して欲しいと正式に申し入れてきたので、やむを得ずコスプレをしました。いわば教授命令だったので、逆らうわけにはいかなかったのですよ。ただ、ウイッグが重かったり付け睫毛で目蓋がふさがれそうになったりといい経験をさせてもらいました。もし、今後もああいうコスプレをする機会があったなら、もっと楽なキャラに立候補したいです」
しみじみと言ったつもりだったが、呉先生と夏輝は笑い転げているのが心外だった。ちなみに最愛の人は咲く時期を間違えた三月の桜のような中途半端な笑みを浮かべている。どこがそんなに可笑しいのかさっぱり分からないけれども、お父さまが入院している夏輝の気晴らしになることが出来て良かったと思った。
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