「気分は下剋上 知らぬふりの距離」41

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 64 of 64 in the series 知らぬふりの距離

「漫画ですか?人気作品なら読みますよ」
 夏輝は目を大きく開けて驚いたように最愛の人と祐樹を見ている。
「ちなみに、『鬼退治アニメ』や『呪いが廻る戦い』などは考察の余地がありますよね。小児科の浜田教授と内科の内田教授を交えた四人で、『硬い話は抜きにして純粋にアニメ・漫画を語りましょう』という趣旨の飲み会をスケジュールが合えば開催しています」
 呉先生も祐樹と最愛の人を大雨が止んで驚いたスミレのような表情で見ている。
「そういえば、小児科主催のハロウィンの催し物で、田中先生が人気アニメキャラのコスプレをして、それがものすごく似合っていたと看護師たちが大盛り上がりだったみたいですね。その噂は患者さん経由でここまで翌日に届きました。彼女達がスマホで撮った画像もウチの看護師が入手して見せてもらいましたよ。似合っていましたよね!」
 アニメにさして興味のなさそうな呉先生まで知っているとは思わなかった。
「え?大学病院の教授でも漫画やアニメの話をするんですね。そういうのはくだらないとかバッサリ切り捨てるのかって思ってました。ちなみに、田中先生は誰のコスプレだったんですか?そして、その画像って残ってないんですか?」
 夏輝は、好奇心満々の子猫のように祐樹を見つめている。
「……『呪いが廻る戦い』の現代最強の呪術師です」
 夏輝は、さらに驚いたようだった。そして妙に納得したような笑みを浮かべている。
「確かに!似ていないことはないです……。でも、あのキャラは白髪に綺麗な青い目ですよね?それってどんな工夫をしたんですか?」
 どう答えようかと祐樹が思っていると、最愛の人はポケットからスマホを取り出している。
「これですね。私も看護師に無理を言って画像をもらいました」
 最愛の人の細く長い指が夏輝にスマホを差し出している。好奇心が抑えられないように夏輝はいそいそとスマホを手に取った。
「わあ!ガチで似てる!本格的なコスプレですね。ウィッグと付け睫毛、それとカラコンですか?再現度ハンパないです!!」
 最愛の人までもが病院を駆け巡ったという画像を入手していたとは知らなかった。
「身長は実物のほうが高いですが……。それよりも外科医は目が命なのです。付け睫毛もカラーコンタクトも恐怖でしたよ。ちなみに裸眼なので、目に何かを入れるという経験をしたことがなく、小児科の看護師さんがメイク担当だったのです。内心目に傷でもついたらと背筋が凍る思いでした。その時に私の恋人が、看護師さんに使用法を聞き、『私がします』と言ってくれたときには心の底から安堵しました。私の知る限り最も手先の器用な人ですからね」
 夏輝はスマホを夢中になって見ている。その無邪気な眼差しは年相応の若さを宿している。
「田中先生のこの姿、これってイベント会場に行っても『一緒に写真を撮ってください』とかって大勢の女の子がガチでお願いしてくるレベルで神ってます!!」
 イベント会場というのがよく分からないが、アニメ好きが集まる場所があるのだろう。
「香川教授、この画像を僕にもいただけますか?記念にしたいのと、そういうのが好きな友達に見せてもいいですか?」
 タチだのネコだのといった「グレイス」では当たり前に飛び交う言葉をつい使ってしまって、巣穴に戻りたいリスのような仕草をしていた夏輝は、脱線してはいるものの、ある意味健全な話題に軌道修正できたことにも喜んでいるようだった。
「祐樹、夏輝さんにLINEで送ってもいいか?」
 律儀な彼は、祐樹が頷くのを待った後に夏輝とLINE交換し、画像を送っているようだった。最愛の人は何だか目的を達成して満足しているような笑顔を浮かべている。まさか祐樹のコスプレ画像を夏輝と共有するのが目当てだとは思わないが、小さなトゲのようなモノが心の隅に引っかかった。
「わ!やっぱすごい!細部の作り込みがガチでやばいです!こんなに綺麗に付け睫毛をつけるのってウチの専門学校のメイク科の生徒とはレベチです!本当に器用なんですね!」
 夏輝は自分のスマホ画面をしげしげと見ている。
「教授ならメイクアップアーティストになってもきっと超一流ですよ」
 夏輝がやけに詳しいのは、美容師専門学校にはメイク科なるものがあるからなのだろう。
「いえ、私は化粧に全く興味はないですし、その人の顔をどのように彩ったら最高の美が作られるのかなどさっぱり分からないです。祐樹の目は大切なので、つい手出しをしてしまいましたが、看護師のアドバイス通りに手先を動かしていただけです。私には向いていないと思いますよ」
 薄紅色の薔薇のような唇が柔らかな笑みを浮かべている。
「あ!そうでした!教授には父の手術の執刀をお願いしてるんでした。こんなに手先が器用なんだから、父の心臓もきっと大丈夫ですよね?」
 夏輝の目が、真剣な光を宿している。その多彩な煌めきの中には、縋るような光があった。こうして明るく振る舞っている夏輝も、きっと内心では、お父さまの有瀬誠一郎氏のことを心配しているに違いない。
「全力を尽くします」
 最愛の人は真摯な眼差しで夏輝を見ていた。
「香川教授の手術成功率は100%ですから、大船に乗ったつもりでいて大丈夫ですよ」
 祐樹は、夏輝のTシャツの細い肩に手を置いて励ました。体温がやや高めの夏輝の肩は頼りなく震えている。きっと一人で不安と戦っていたのだろう。

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