- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」1
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夏輝はマロングラッセを机に置いて深々と頭を下げている。物を持ったままでお礼を言うのは失礼にあたるというしつけをご両親から受けているのだろう。
「いえ、お礼なんて……。夏輝さんが一生懸命に学ぼうとしているので、私で出来ることがあればとお手伝いしているだけですよ。それに夏輝さんも昨夜でお分かりになったと思いますが、救急救命室は暇な時間は本当に手持ち無沙汰なのです。そういうときにパパっと返信しているだけですよ」
呉先生は食べかけのマロングラッセを包装紙の上に置いて華奢な首を納得したように振っている。
「英語ですか?私も海外の学会に呼ばれるようになりまして……勉強中なんです。もしよければ私ともLINEで一緒に勉強しませんか?」
呉先生の言葉に夏輝は目を真ん丸にしている。
「え?英語はペラペラっぽいんですが、呉先生って……」
呉先生はマロングラッセを愛おしむように口に入れ、その後コーヒーを飲んだのちに、可憐なスミレの苦い笑みを浮かべている。夏輝はスラックスのポケットからスマホを出して呉先生のデスクに歩み寄った。二人は楽しそうにスマホの友達追加をしている。
「先ほどの英語の話ですけれど……、そういう誤解はよくされますが、学会出席に熱心な医師とか、留学経験のある人以外は論文やレポートは読めても話せないことのほうが圧倒的に多いんですよ。私もパリ大学での発表のときには香川教授に随分とレクチャーしてもらいました。何しろ、フランス語訛りの英語なんて、私はさっぱり分からなかったのです。教授は耳で聞いたことを全て暗記出来るという驚異的な記憶力を持っています。だから、フランスの大統領が話していた英語を聞いて、その発音を真似ることは出来るんです!!」
よほど驚いたのか、夏輝は、目をさらに真ん丸にして、口も半開きになっている。こういう無防備な表情は素直な性格の夏輝に相応しい。
「最愛の人は私の知る限り最も記憶力のいい人ですからある意味当たり前なのです」
本人がこの部屋にいないのが少し寂しいが、彼への惚気くらいは言っていいだろう。
「そうなんですね。頭のいい人は凄いです……。このマロングラッセ、とても美味しいです」
夏輝は、派手さはないが、春の光の中で微笑んでいるタンポポのように、ふと心に残る可愛らしさだった。
「それはそうと、お父さまが入院されて、お母さまは今日京都には戻って来られないらしく、夏輝さんは心労が溜まっていると思います。何かいい薬でもないでしょうか?」
呉先生は曇天に咲くスミレのような表情を浮かべていた。
「それなら精神安定剤を頓服としてお渡しします。寝る前に温かいミルクを飲んでから服用してください。お父さまの件で不安になるのは充分理解できます」
呉先生はデスクの机から薬剤を取り出している。処方箋がなくても即座に薬が出せる点は大学病院とは思えない手際の良さだった。祐樹も多分驚いた表情を浮かべていたのだろう。
「内科に入院している患者さんは、精神科の医師にかからなくても各科の医師の裁量でこういう薬が出せます。それをコツコツ貯めている患者さんも多く……、厚意で分けて貰っています」
そういう薬の流通は病院にとって決して褒められることではないが、ここは主に精神科の医師から「島流し先」と言われているのは知っている。救急救命室も「出島」と呼ばれていて、杉田師長が独裁者のように振る舞っているのと同様に呉先生はこの外来で患者さんとの温かい触れ合いをしているのだろう。医局に安住している精神科の医師にとってはパリ大学の発表者として選ばれた呉先生にライバル心が芽生えたのだろう。
とはいえ、今どきパターナリズムを振りかざしている真殿教授に、そんなお誘いがくることは絶対にないだろうし、真殿教授は瞬間湯沸かし器というあだ名に相応しく些細なことでも激怒するらしい。パターナリズム信奉者だけあって、「ワシの言うことが絶対だ」と鬼退治アニメの第一期でラスボスが何故か女装して配下の割と強い鬼を粛清した時の、小児科の浜田教授と内科の内田教授が言っていた「下弦の鬼に対するパワハラ会議」のようなことが行われていると言葉を交わすようになった精神科の梶原先生が言っていた。
「明日お母さまが戻られたら夏輝さんの心労や体力もそれなりに軽減されるのではないですか?」
夏輝は春の陽射しに雲がかかり、煌めくような黄色ではなく、くすんだタンポポの色で微笑んでいた。
「それはどうでしょう?副社長としてだけではなくて父の仕事もこなさないとダメなので会社で精一杯だと思います。だから僕が父のことをちゃんと見ないといけないと、今から覚悟しています」
確かにそうだと思った瞬間、ドアがノックされ、「香川です」最愛の人の怜悧な声が聞こえてきた。
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