「気分は下剋上 知らぬふりの距離」31

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 46 of 51 in the series 知らぬふりの距離

『教授のとても綺麗な指に光っていたリングは単に田中先生とお揃いなのかと思ってましたが、いろんな意味があるんですね……。大学病院は確かに理解がなさそうな気はします。色々大変そうですね。その点美容師は腕だけで勝負……あ!そみません。田中先生も香川教授も手術の腕前で勝負していますよね。その手術だけでは評価されない大学病院はおかしいんじゃないかと思うのです』
 夏樹の言うことは正論だ。しかし、大学病院ではその正論が通らないことのほうが多い。
『あと、ネットでググりました。田中先生も執刀医としてとても評判がいいんですね。知らなくてすいません』
 夏樹は夏輝なりに口コミを集め、そして祐樹の評判まで見つけたらしい。さり気なく褒めるという技術を夏樹が持っているのも、何だか微笑ましい。「グレイス」で会ったころは、自分の恋愛沙汰で頭がいっぱいの人なのだろうと思っていたが、今日夏樹に会った限りでは立派な大人といった感じだった。もっとも年相応の無邪気さや素直さはあるものの。サイレンの音が聞こえてきた。
「すみません。そろそろ救急搬送の時間みたいです」
 サイレンが停止したら祐樹も待機か処置に駆り出される。
『分かりました。今日は本当にありがとうございます。田中先生の『誰も傷つかない嘘』……僕もつけることができるようになりたいです。それって大事ですよね。田中先生、助けられる命は助けてくださいね。付き合ってくださって感謝しています。では、おやすみなさい』
 夏樹は、さぞ疲れているだろうなと思った。父親が救急搬送されたというだけでも、精神的なショックが相当なものだろう。
「寝つきを良くするためには、温めた牛乳とバナナなどはお勧めです。夜食としては温かい豆乳スープとクラッカー、そしてナッツ類ですかね。夏樹さんの家にあるといいのですが。ではお休みなさい」
 スマホにロックをかけて祐樹しか知らない場所に置いた。救急救命室の医師達はこの休憩室に色々な物を置きっぱなしにしている。今は脳外科の岡田看護師とデートしているか、既に帰宅したかは知らないが久米先生などは「大人の恋愛ゲーム」にログインしたままスマホを放置し、ついつい戯れ心を出した祐樹がゲームの「反感度」を強めるようにしたら爆上がりしてしまって、最後の下着を脱ぐというシーンから「さよなら」とヒロインが去ってしまい、「課金しまくったのに、なんてことをするんですか?」と泣きながら詰め寄られたこともある。
 祐樹はゲームをしないが、最愛の人とのLINEなど人に見られたらマズいものがスマホに詰まっている。とはいえ、指紋認証を使っている関係上誰にも中身は見ることができないが、それでも用心に越したことはない。有瀬氏が搬送されたときにもスマホから情報を得るために意識不明の氏からロック解除をした。その程度のことは、やむを得ない行為として救急救命室で一般化している。祐樹は墜落睡眠が特技の一つで、一度寝たらサイレンの音が鳴るとか、最愛の人が涼やかな声で起こしにきてもらわないと起きない。だから祐樹のスマホを発見されて、指を当てられたら大変なことになる。そして救急救命室の休憩室はプライバシーという概念がないので自衛するしかない。

「祐樹!祐樹!すまない、寝過ごした!!」
 最愛の人が慌てた声で起こしてくれた。
「え?今何時ですか……?」
 午前三時に救急救命室の勤務が終わって帰宅しパジャマに着替えて寝たことまでは覚えているが、その後は熟睡してしまい、何も覚えていない。
「え?うわっ!!出勤時間ではないですか?」
 深夜に帰ったときには最愛の人も眠りの国の住民だったので、有瀬誠一郎氏のこととか夏樹のことを朝食のときに話そうとしていたが、残念ながら朝ご飯抜きで出勤することになりそうだ。
「仕方がないですよ。貴方だって超過勤務が発生していたのですから。朝ご飯は諦めるしかないですね」
 出勤前の身支度をしつつ悄然とした最愛の人の頭を撫でた。ちなみに前髪はまだ上げて固めていなかったので絹のような指触りだ。
「これだけ寝過ごすのは初めてだ……。祐樹、朝ご飯を準備しなくて本当に申し訳ない」
 頭を下げる最愛の人に「気にしないでください」という笑みを送った。
「そもそも貴方だって激務ですよね。毎日朝食を作って下さるほうが稀だと思います。朝食は院内のコンビニで買います。貴方は執務室で召し上がってください。食事抜きだと手技のパフォーマンスも落ちます」
 手早く準備することにした。朝の医局では、食べ損ねた先生たちがサンドイッチやおにぎりを頬張っていたのも知っている。
「たまには医局で朝ご飯も悪くないです。宿直の先生などはお握りとカップに入った味噌汁などをよく食べています。その中に混じって食べるのも一興です」
 最愛の人は安堵したような表情を浮かべながらネクタイを締めている。本当にここまで時間が押したのは、きっと二人が一緒に住み始めて初めてのことのような気がする。几帳面な最愛の人は起床時間もきっちりと決めていたし、その時間になれば、自然目が覚めるのだと言っていた。昨夜の急性心不全の患者さんの件でその体内時計も狂ってしまったに違いない。

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