「気分は下剋上 知らぬふりの距離」30

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 44 of 51 in the series 知らぬふりの距離

 柏木先生や久米先生は日ごろの親しさはあるにせよ、夏輝のLINEは礼儀正しさの見本のようだった。久米先生なんて一般的なスタンプではなく、彼がハマっているゲームの中の美少女が「承りました」と、なぜか胸の谷間にハートマークで強調された格好で微笑んでいるという、男性向けのシロモノで、完全に内輪受けを狙っていた。その上、祐樹も柏木先生もさほど興味がないので完全にスベっている。それに比べて夏輝は、キチンと礼儀をわきまえている印象だった。
「いえ、大丈夫です。ただ、これも救急車が来たら対応できなくなりますので、いきなり既読が付かなくなったら『今は仕事中だ』と判断してくだされば嬉しいです」
 送信するやいなやパッと既読になった。夏輝もお父さまが心筋梗塞で倒れ入院そして、多分手術という流れに動揺しているのだろう。その気持ちは痛いほど分かったので時間の許す限り付き合おうと思った。
『付き合ってくださって本当にありがとうございます。それにしても救急救命室って、ドラマであるように四六時中忙しいわけではないんですね?』
 医療ドラマは一々突っ込みたくなるので祐樹は見ないが、暇なときはとことん暇だ。とはいえ、ドラマでイケメン俳優や女優がひたすらゴロゴロしているならそれはもはや医療ドラマではないような気がする。
「忙しいときは物凄く忙しいですが、暇なときはとても暇です。ちなみに八時間で一人も搬送されず、この休憩室で爆睡して過ごせた日もありました。しかし、一方では野戦病院みたいに次から次へと患者さんが搬送されて目まぐるしい日もあります。それでも給料は同じという点が、少し切ないですね。ドラマでは忙しい日に焦点を絞っているのでしょう」
 即座に既読がつく。
『今日は、お医者さんはとても凄いなと思いました。香川教授とも再び会えましたが、『グレイス』でお会いしたときとは、なんというかオーラが違うというか……。教授職ってやっぱり別物なんですね。とはいえ、『白い巨塔』のような偉そうな感じはまったくしなかったです。あんなにソフトな雰囲気で医局員がついてくるのでしょうか。あ!言い過ぎだったらすみません』
 夏輝はドラマを見るよりも夜の街で遊んでいそうなタイプだった。最愛の人や祐樹と出会ってからは英語を勉強したり美容師専門学校の講義に身を入れたりしているのは知っていたが。
「『白い巨塔』を見たのですね。ああいう高圧的な教授もいるということは知っていますが、ウチの科は手技の素晴らしさに魅了されて医局員がついていくスタンスです。普段もあんな感じですし、医局員の悩みなどをよく聞いて相談に乗っていますよ。『教授職だから偉い』という考えは最愛の人に限ってはないです」
 何だか夏輝がスマホの前で顔を輝かしているような気がした。お父さまの件は心配だろうが、今は香川外科が万全のバックアップをしているので、正直夏輝が思い悩んでも仕方がないというのが現状だ。だったら、他愛のない会話で気を紛らわせたほうがいいだろう。
『実は、香川教授と田中先生に出会ってから、サブスクで見ました。それまではドラマを見るよりも外に遊びに出たほうが楽しいと思っていたんですが、今は英語の勉強とか専門学校の座学のテキストを暗記していて、その合間にドラマを見てます。それはそれで面白いです。あ、不定愁訴外来にいきなり行っても大丈夫なんですか?何だ?こいつとか思われないでしょうか?』
 普通に考えたらそうだろうなと思う。祐樹だって最愛の人が言い出したときには驚いたのだから、夏輝がおじけづくのも仕方ないことだろう。
「私自身は詳しく知りませんが、最愛の人が何か根回しをしているのではないかと思います。だから『なんだ、こいつ』扱いにはならないと思います。――ここだけの話、不定愁訴外来の医師である呉先生も私達と同類なのです。恋人と暮らしていますよ」
 この程度は打ち明けても大丈夫だろう。
『ええっ?そうなんですか?意外にもたくさんいらっしゃるのですね……。カミングアウトはしていないんでしょう?』
 夏輝の無邪気な質問についつい笑みを浮かべてしまった。
「世の中がDEIを推進していますが、大学病院は車いすの患者さんのためにスロープを作るようなことはしても職員の心の中はまだまだ旧態依然です。ですからゲイであることをカミングアウトしたらドン引きされます。私も商社レディの婚約者がいるというウワサを故意に流していますし、最愛の人は左手の薬指に指輪をしています。あの人は嘘が下手なので、『これを見て察してください』という悲しげな眼差しで指輪を見るようにアドバイスしています」
 指輪をそんなふうに見つめる仕草だけで、人々が「何らかの理由で結婚できない相手との恋愛関係=悲恋」だと連想してくれるのは幸いだった。まあ、そう仕向けたのは祐樹本人だ。ただ、悲しそうな目で指輪を見ても、准教授まではともかく教授職であれば、指輪の件について対等な立場上、突っ込まれることもあり得るという点が弱点だとは思っていたが、すべての事情を知っている病院長が、「香川教授の指輪については気の毒なので触れてはならない」とのお達しを出したと、内科の内田教授が言っていた。

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