「気分は下剋上 知らぬふりの距離」21

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 27 of 28 in the series 知らぬふりの距離

「もっと両親と話し合うべきでした……。やっぱ、ゲイってことが分かると『跡継ぎはどうするんだ』みたいな話が出てきたり、育て方が悪かったのか?と考えられたりしたらヤダなと思ってずっと避けてきたんです……」
 美容室を二十店舗も構えているということは立派な資産家なのだろう。結婚して跡継ぎを作るという「義務」を果たさなければならない家訓でもあるのかもしれない。
「それは大変ですね。ご家族に打ち明けるというのはものすごいプレッシャーですから。ウチなんて、父が早くに亡くなって母一人しかいないんです。ちなみに一人っ子です。ただ、隠していたつもりの『その手の雑誌』は早々に発見されていたのです。そして、研修医の頃にお見合いの話が来たらしく、『よそ様の大事なお嬢様に祐樹みたいな人間を紹介してもいいのだろうか?』と母は真剣に悩んだらしいですよ」
 夏輝は面白そうに祐樹を見上げている。
「お医者さんだとやっぱり結婚の話が出てくるものなんですね……。でも、『祐樹みたいな』ってちょっとヒドくね?と、僕は思うんですが」
 確かに祐樹を下げる雰囲気の「みたいな」だろう。
「母は私に似て、いや逆ですね。私が母に似てわりと毒舌なので平気で言います。結局お見合いの話は母が独断で断りました。その後あの人を連れて帰省したら大歓迎でしたよ。あの人を幸せにしないと親子の縁を切るとまで言われました」
 夏輝は、なんというか納得したような表情で頷いている。祐樹の歩みと同じ速さで動いているが、全く息を切らさないのは若いからだろう。祐樹は単に慣れの問題だ。
「ああ、何となく分かるような気がします。あの人は、人類を田中先生かそれ以外で分けているって感じですからね。そして、田中先生以外の愛情などはまったく欲しくないってきっと思っていますよ。それはそれで羨ましいですけど……。あの人のご家族はなんて言っているんですか?」
 夏輝は興味津々の子猫といった感じだった。
「あいにく、あの人はお母さますら高三のときに亡くしています。それ以外のご家族も親戚もいません」
 とたんに曇った夏輝の顔は日食に遭った子猫といった感じだった。
「いえ、逆に考えると、誰からの干渉も受けずに済むのでいいと思っていますよ。お母さまの容態が心配でずっと家にいるようにしていたらしいです。小学校の時からだと聞いています。そのお母さまが、『お嫁さんを』と熱望した場合、困った事態になりますよね。亡くなって良かったとは口が裂けても言いませんが、周りに雑音を、しかも声も影響力も大きいものをまき散らす人がいなくてラッキーだったと思っています」
 最愛の人の場合、お母さまに反対されたら心が揺らぎそうな気がする。しかし、最終的には祐樹を選んでくれると信じたい。
「ああ、それ何となく分かります。声が大きいけど、お金などは出さないとかそういうやっかいな親戚とかいますよね。ウチでも『共働きなんてやめて、家庭に入ったら?誠一郎さんが充分稼いでいるでしょ?』みたいに会社のこととか全然分かってないのに言ってくるウザいお婆さんがいます。あの……それで僕はどうしたら?」
 救急救命室の建物が見えてきた。
「とりあえずは家族控室にいてください。看護師が必要な書類を持ってきたらそちらに記入をお願いします。とはいえ、お父さまは保険証を持っていらしたので、お金関係は高額医療制度が使えると思うのでさほど心配はいらないかと思います。LINEでお父さまが心臓外科に移ったら知らせますね。ここだけの話、心臓外科も患者さんの容態急変で、あの人も自宅、つまり私達が一緒に住むマンションですが、准教授判断で呼び出されているらしいです。それだけ重篤な患者さんがいらっしゃるみたいです。あと、夏輝さんと会うかどうかまでは分からないのですが、あの人が声をかけてこない限り、夏輝さんからは話しかけないようにしてください。知り合いだと分かったら根掘り葉掘り聞かれると思います」
 夏輝は神妙そうな表情で頷いた。
「では後ほど」
 夏輝と別れて処置室に行くと、サイレンの音が証明していたように、凪の時間がずっと続いているようだった。有瀬誠一郎さんの意識は回復していないが、バイタルは安定していた。
「よ、田中先生お疲れ。有瀬さんだっけ?香川外科にバイタルなどを送っておいたから、あちらでもちゃんと受け入れ準備をしてくれているそうだ。今から香川外科に行くんだろう?だったら、あっちがどうなっているか、しっかり聞いてきてほしい」
 柏木先生が真剣な顔で引き継ぎを済ませている。
「もちろんです。香川教授が呼び出されたのですから、よほど重篤な患者さんが出たのでしょうね。しかし、それももう落ち着いたので、有瀬さんの受け入れも可能になったかと思います」
 最愛の人と病院で夜に会うなど滅多にない。それだけ黒木准教授の采配が見事だということだが、まだ彼は病院に残っているのだろうか?一目でも良いから見たいなと思ってしまった。

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