- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」1
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」2
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」3
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」4
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」5
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」6
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」7
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」8
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」9
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」10
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」11
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」12
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」13
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」14
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」15
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 1
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 2
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」 16
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 3
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」 17
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 4
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」18
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」 19
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」20
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 5
「一度だけ会って香川教授から名刺をもらったという本当のことと、実際は『グレイス』で話した仲だということを隠すんですね。ものすごく勉強になりました……」
夏輝は感心のため息をついた後にカフェオレを美味しそうに飲んでいる。
「嘘も方便だと思います。ご両親にはゲイバー通いを言っていないのでしょう?」
祐樹も母親に黙って行っていた。とはいえ、祐樹がゲイバーで「一夜の恋人」との出会いにハマっていたのは京都に出てきた後のことなので、田舎にいる母には露見しようがないのも本当だ。
「はい。LGBTQとかDEIを認めようとする社会的な運動が盛んですけど、それは理念として素晴らしいのかもしれませんが、息子がその一員だっていうのは違うと思います」
夏輝はブラックコーヒーを飲んだような、苦い笑みを浮かべている。
「そうですね。私の恋人を実家の母に紹介したことがあります。塩をまいて追い出されるのを覚悟の上で舞鶴の実家に行ったみたいですよ。母は私が少数派の性的嗜好の持ち主だと知っていましたし、『あんたにしては最高の恋人を選んだわね。大切にするのよ』と常に私に言っています。私がこうして病院にいる時間を見計らって家に電話をかけて、色々と話しているようです」
夏輝は少し羨ましそうな表情を浮かべている。
「家族公認っていいですね。でも、香川教授って同性という以外ではご両親に好かれるタイプですもんね」
祐樹のスマホが着信を知らせた。サイレンは鳴っていないので、心臓外科の受け入れ態勢が整ったということだろう。
「はい田中です」
即座に出ると柏木先生の声がした。
『田中先生、お疲れ様。香川外科も落ち着いたみたいで、バックヤードにやっと……有瀬さんだっけ?その人を受け入れるだとさ。医局の様子も気になるし、今から戻って見てきてくれないか?何でも香川……教授だけでなく、長岡先生まで医局にいるらしい』
それは一大事だと思った。定時上がりで帰宅するのが常の二人が病院に駆けつける事態になっているとは。
「了解です。すぐに戻ります」
夏輝は顔をこわばらせている。
「あのう、父に何か……?」
スピーカー機能を使っていない。医師同士の生々しい話は夏輝には酷だと判断したが、彼には救急車のサイレンの音がしたらダッシュで戻るということはあらかじめ断っていたが、それ以外は言っていない。「すぐ戻る」と祐樹が言ったのは当然聞こえていただろうから、お父さまのことだと思うのは自然だろう。
「いえそうではなくて、心臓外科の受け入れ態勢が整ったという知らせです。夏輝さんにも入院の手続きなどをしていただかないといけないので、一緒に来てください」
夏輝はほっとした表情に小さな笑みを浮かべていた。
「そうですか。父の容態が悪くなったらどうしようと思っていたので……。もちろんついて行きます」
夏輝は自分のスマホを見、「母さん、いつまで接待だか会食だかをしてるんだよ?それとも機内モードか電源を落としっぱなしにしてるのに気づかないでホテルに入って寝ちゃったのかも!もー、居たらウザいときにはいるくせに、こういうときには連絡がつかないってどういうことなんだよ!!??」とスマホに向かって苦情を言っているのは年相応の若者という感じで微笑ましい。
「心臓外科もバタバタしているようですので、夏樹さんはカンファレンスルームなどで待機してもらうことになります」
夏輝はコクンと頷いた。祐樹も緊急性がないので、最短距離ではなくて、来た道をそのまま戻った。
「……実は僕、自分がゲイだと自覚してから両親と距離を取っていました。八つ当たりだと思うんですが、『夏輝』という名前も夏しか輝かないんだろう?春と秋、そして冬はイケてないんじゃないか!?そういう名前にしたのはなぜ?とか……?だから、あんまり好きじゃないんです。この名前」
祐樹は思わず苦笑いをしてしまった。
「本当に夏輝さんが苦手意識や嫌悪感を持っていれば、好き勝手に名乗れる『グレイス』で、本名とそっくりな『ナツキ』なんて名乗らないはずですよ。多分、嫌いというより――どう関わればいいのか分からないだけではないでしょうか?」
夏輝は少しうつむいてしばらく考えている様子だった。
「無意識にゲイバーではナツキと名乗ってて、深く考えたことはなかったです」
多分それは夏輝という名前に無意識の愛着を持っているのではないだろうか?
「ちなみに、夏樹さんは夏生まれでしょうか?」
多分そうだろうとは思ったが、一応聞いてみた。
「はい。そうです」
やっぱりなと思った。生まれた季節とまったく関係のない季節を名前につける両親はあまりいないだろう。
「だったら、ご両親は生まれてきてくれてありがとうという意味と、出産した季節が両親にとっても輝いていたことから、つけられた名前なのではないでしょうか?」
夏輝は納得したような表情を浮かべ、目には涙の膜が張っていた。
―――――
もしお時間許せば、下のバナーを二つ、ぽちっとしていただけたら嬉しいです。
そのひと手間が、思っている以上に大きな力になります。

にほんブログ村

小説(BL)ランキング

コメント