- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」1
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- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 1
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- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」18
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「そういう自然体の夏輝さんのほうが私は好きですけれど。『グレイス』で会ったときに、夏輝さんは言っていましたよね?美容師の中には水商売や芸能人の女性に気に入られようとして、わざとゲイっぽく振る舞うという営業手法を取っている人も多いと。絶対に敵にならないので女性たちが心を開き、そのせいで指名客も多くなるのでしたっけ?しかし、見る人が見れば、ああ、これは演技だなって分かるのではないでしょうか?」
夏輝はコクンと首を縦に振った。
「そうですね。だから、乳首のピアスも外して、もう穴もふさがっています」
夏輝の白いTシャツが素肌に張りついたときに違和感を覚えた理由がやっと分かった。「グレイス」で会ったときには、夏輝は乳首のピアスをしていた。今はつけていないので、シャツに余計な凹凸がないのだ。
「あれって、ゲイバーに来る人がお約束のようにつけていて、そんなものかなって。でも、香川教授を見ていると、少しも媚びていないのに、田中先生にあんなに愛されてて。あの人のように、僕もありのままを見てくれる素敵な恋人ができたらって思ってます。でも、今は恋愛しているよりも専門学校で美容師のスキルを学んだり英語の勉強をする時間のほうが大切だと思うんです」
「グレイス」で会ったナツキよりも、卵の殻を破ってつやつやとした白い輝きを放っているような夏輝のほうがずっと魅力的だ。いうまでもないが、魅力の順位でいえば最愛の人が祐樹にとって永遠に第一位だ。
「私の恋人はデートのとき、『午後の紅茶』のミルクティーをよく飲んでいます。とても美味しそうに。先ほどブラックコーヒーの話が出ましたが、何を飲むかではなく、美味しそうに飲めば愛する者としては嬉しいです」
夏輝はなるほどといった感じで頷いている。
「さあ、着きました。ここが私の隠れ場所です。といっても、勝手に隠れ場所にしているだけで、神社の境内なのですが。神主さんにも許可を取っていないです。救急車のサイレンが聞こえたら、すぐにダッシュで戻ります」
それだけは夏輝に了承してもらわないといけない。話の途中であっても、大急ぎで救急救命室に帰らなければならないのだから。
「はい。それは分かっています。田中先生の貴重な休憩時間を奪ってしまったこと、そして香川教授しか知らないここに僕を連れてきてくださったこと、その二つのことにも感謝しています」
ペコリと頭を下げた夏輝は珍しそうに境内を見回している。観光名所なら夏輝も学校の行事で行ったことがあるだろうが、ここは何の変哲もない小さな神社だ。
「田中先生、それ?」
無邪気な感じで笑う夏輝は年相応の若者に見えた。背伸びをしてゲイらしくあることをやめたのはきっと正解だ。
「京都は蚊が多いのです。だから蚊取り線香は絶対に必要なのですよ。そしてこれ」
蚊取り線香の缶の中からタバコとライターを取り出した。
「田中先生も吸うんですか?『グレイス』では……僕のタバコを無理に吸ってたような?ああ、メンソールが苦手だったんですか?」
夏輝は本当に人をよく見ているなと感心した。
「研修医時代まではヘビースモーカーでした。今は、救えなかった命があったときに無性に吸いたくなる程度です。そういうときにはここで一人になることが多いので、一応用意してあるのです。今夜はお父さまを救えたので、吸わなくていいのですが、夏輝さんの神経が落ち着くなら一緒に吸いましょう」
祐樹は、タバコの箱を開け、夏輝に差し出した。夏輝はしばらく考えている様子だったが、きっぱりと首を横に振った。
「なんか……吸っちゃうと、父の心臓がまた悪くなりそうな気がして……やめておきます。すみません」
そういう考え方をするのだなと思った。
「お父さま思いなのですね」
祐樹はタバコとライターを蚊取り線香の缶にしまった。京都は湿度も高いため、密閉しないと味が落ちる。手のひらから零れ落ちた命のことで落ち込んでいるときに、タバコまで不味いなど最悪な気分になる。
「さて、私たち三人が知り合いだったという、もっともらしい言い訳を考えました。嘘は本当のことを混ぜると真実味が増します」
夏輝は同感だというように頷いている。夏輝もゲイとしての自分をゲイバー「グレイス」では隠していないが、ゲームが趣味だという友達には伏せているのだろう。DEIへの配慮のせいで、清楚な美人との恋愛フラグが立っていたにも関わらず、そのゲームの二作目では唐突にゲイに設定され、「オレは何を見せられているんだ?あの美人キャラとの恋愛フラグは何だった!?男同士のイチャイチャなんて見たくない」と怒っていた友達に、夏輝は本当のことを話していないのだろう。唐突にゲイ設定になってしまったゲームに激怒したとしても、夏輝がそういう性的嗜好を持っていると知っていれば、その友人だって言い方にはもう少し配慮しただろうと考えるのが妥当だ。
「心臓発作は、一秒を争うことも多いのです」
夏輝は首を傾げながらも祐樹の話を聞いていた。
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