「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 9

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 33 of 35 in the series 知らぬふりの距離

この作品は、夏輝の父・有瀬誠一郎が搬送される前の、香川教授視点です。
毎日更新は無理ですが、時間のある時に不定期更新します。
教授がナツキのことをどう考え、祐樹も知らないうちにどう行動したのか――
気になる読者様に読んでいただければ嬉しいです。

「親御さんの職業を継ごうと美容師専門学校に通っている若者なのですが、最近の行き過ぎたLGBTQやDEIの理念の押し付けで、いわゆる『ノーマル』な友人がゲイに悪感情を抱いてしまっていることに、彼は危機感を持っています」
 呉先生は納得したように頷いている。
「ああ、それは何となく分かります。実写版の『白雪姫』の女優さんの肌の色がなぜ褐色かなど、私だって違和感を覚えました。人種差別というわけではなく、雪のような白い肌だったから『白雪姫』と名付けられたのでしょう?少なくとも昔読んだ絵本にはそう書いてありました。褐色のヒロインでも良いのですが、少なくとも『白雪姫』というアニメ映画、でしたよね?あの可憐で健気なヒロインを演じるのは白い肌と黒い髪が必須だと思っています。制作側が褐色のヒロインを描きたいならオリジナルストーリーか、または、そういう人種が住んでいた土地に伝わる物語をもとに製作すべきでしょうね。原作ファンはがっかりしているのではないでしょうか。また、私は血が嫌いなんですが、推理小説は好きなんです。教授はアガサ・クリスティをお読みになったことはありますか?」
 呉先生は三つ目のフィナンシェに、華奢な手を伸ばしている。自分も一個取って袋を破いたのちに、呉先生に手渡した。
「ありがとうございます」
 呉先生はこんな華奢な身体のどこに入るのだろうと思うほどの食べっぷりだった。
「いえいえ、どう致しまして。クリスティ作品はたいてい読んでいると思います」
 呉先生は白衣に包まれた身を乗り出していた。よほどアガサ・クリスティのファンなのかと思ってしまう。
「『ナイルに死す』という作品もですか?」
 生地表面のカリッとした感じ、そしてアーモンドのほろ苦さとバターの香ばしさが絶妙のシンフォニーを奏でているフィナンシェは文句なしに美味しい。
「はい。読んだ覚えはあります。名探偵ポワロシリーズですよね」
 美味しいコーヒーを嗜んでいると、呉先生は不本意そうな表情を浮かべている。
「ポアロは出身こそ貴族ではないですが、そういう上級階級に憧れる人物ですよね?そして大英帝国の植民地……」
 呉先生が淹れてくれたコーヒーのコクを味わったのちに口を開いた。
「正確には植民地ではなかったのです。ただ、イギリスの強い影響下にはあったみたいですが……」
 言ってしまってから、余計な注釈を入れたかと後悔した。祐樹はデート中でも色々質問してくれて、それに答えると満面の笑顔で「勉強になりました」と返してくれるので、ついつい言ってしまった。
「そうなんですね。でも問題はそこじゃないんです。昔見た映画では、物乞いをする現地の人たちをハエみたいに追い散らかしていて、明らかにエジプトの人を格下に見ているというか、そもそも人間扱いしていないのが植民地時代の英国人といった感じでした」
 まあ、そうだろうなと思ってしまう。その当時のイギリス人やフランス人にとって植民地の人間には人権すら認めていない時代だったと記憶している。
「それなのに、最近の映画では、ポアロが有色人種の歌手と恋に落ちるという描写が挟まれていました。恋愛感情って相手が対等だから抱く感情ですよね。心の中で貴族階級に憧れていたポアロが、その上級階級からハエのように思われている人間と恋に落ちるとは思えません。それに推理ものの映画に恋愛要素なんていらないでしょう。今の推理小説作家さんがゲイの探偵を魅力的に描くならまだしも、古典的な作品に変な改変はいらないと思っています」
 呉先生もナツキさんの友人のように、不自然なDEIの理念を作品に持ち込まれることに怒っているのだろう。呉先生は熱く語ってしまった自分を責めるような表情を浮かべている。
「誰だって思い入れのある作品に変な改変をされたら怒るのは当たり前のような気がします。その青年はゲイである自分が、そういう形だけは素晴らしいけれども実際には生きづらくなる日本に居たくないと思ったようです。そして、アメリカのハリウッド女優の専属美容師になるという夢を持って、今は祐樹に英語を習っています。祐樹が感心するくらい勉強熱心だそうですよ。私もその青年の夢を叶えるにはどの程度のお金が必要なのかとか、そういうことを聞いたのです」
 実際にプライベートバンクの担当者に聞いたのは夏輝の両親が経営している会社のキャッシュフローの件だったが、あの計算書の出来の良さから、本当にみずほ銀行のS&Kカンパニー株式会社の担当行員からコピーをもらった可能性を考えると伏せておいたほうがいいだろう。
「そうなんですね。今の若者には珍しい壮大な夢ですよね。教授が応援したくなる気持ちが分かったような気がします。若者の無気力さを憂いている我々精神科医にとっても、非常に興味深いです。田中先生は連絡を取っているのですよね。出来たら会って話したいです!」
 呉先生は朝日を浴びたスミレのように、穏やかな笑顔を浮かべている。

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