- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」1
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- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 1
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- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」22
- 「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 7
毎日更新は無理ですが、時間のある時に不定期更新します。
教授がナツキのことをどう考え、祐樹も知らないうちにどう行動したのか――
気になる読者様に読んでいただければ嬉しいです。
プライベートバンクの担当者を見送り、グラスを洗ってさて帰宅しようかと思っていたら通知音が鳴った。祐樹から何か言ってきたのかと、いそいそとスマートフォンを見ると呉先生からのLINEの通知だった。
「同居人がネクタイを返さずにすみません。それはそうと、今、京都でお勧めのフィナンシェを患者さんから頂いたのですが、おすそ分けにと思いまして。ご自宅ですか?そうだったら持っていきます」
呉先生は入院患者さんからの評判もとてもいいので、みかんなどの果物や、和菓子から洋菓子まで幅広く貰っているのは知っていた。
「まだ病院にいます。よろしければ不定愁訴外来に寄ります」
祐樹は今夜も救急救命室で勤務だ。だから夕食も簡単に済まそうと考えていた。
「お待ちしています」
即座に返信がきた。機能的で現代的な建築の新館とは異なり、大学病院が出来たときから建っている旧館は歴史的な重厚感に満ち溢れている。この旧館に来ると何だかほっとした気持ちになるのは、どこか懐かしい様式美のせいかもしれない。
「香川教授、ようこそいらっしゃいました。先日はそのう……バッグを届けてくださいまして、本当にありがとうございます」
呉先生は夕暮れに頬を染めたスミレといった感じだった。なぜそんなに恥ずかしそうにするのかさっぱり分からなくて、一瞬だけ言葉に詰まった。そういえば、祐樹が「その洗い立ての下着をバッグの中に入れておくと呉先生がきっと恥ずかしがりますよ」と言っていた。呉先生と森技官がマンションに来て、祐樹と二人で巻き込まれたときの出来事だ。あの時は呉先生が森技官の手で局部を昂らせ、パンツもぐっしょりと濡れていた。誰だってああいう状態になるだろうから自分はまったく気にしていなかった。医師になってからはしていないが、救急救命室や医局のボランティアで清拭を施したことは数えきれないほどあった。その刺激で局部を勃起させる患者さんは珍しくないのでスルーしていたのだけれども、呉先生は恥ずかしいのだろう。
「いえ、それはそうと、祐樹が教えた局部麻酔はうまくいきましたか?」
最も気になっていたことだ。森技官が足の爪を割り、その爪が皮膚に食いこむ、森技官いわく「大怪我」にも関わらず、清川厚労大臣の失言の余波を受け東京へ、ヘリコプターで移動した。結果的にはその失言は、おそらく森技官の暗躍でうやむやになり、謝罪記者会見は行われなかった。しかし、記者会見が行われた場合、森技官も同席するらしく、ビシっと決めたスーツに革靴が必須だそうだ。だから、東京まで同行する呉先生が局部麻酔を祐樹に教わっていた。
「お陰様で、打ったら即座に痛みが引いたらしいです。いやあ、精神科で暴れる患者さんに鎮静剤を打つのとは難易度が格段に上がりますよね。失敗したらどうしようかとずっと思っていましたが、教授をはじめ田中先生や杉田師長の言葉を思い出して思い切って針を刺すことができました」
朝日に香るスミレといった笑みを浮かべながら、コーヒーの支度をしている呉先生は先ほどの羞恥心はどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
「それはそうと、ゲイバーで出会った印象的な若者の件でさっきまでプラ……いえ、銀行のかたと会っていました……」
呉先生は祐樹が名付けた薔薇屋敷の莫大な維持費や固定資産税で四苦八苦しているのは知っている。だからこそ、プライベートバンクなどという単語は出すべきではないなと思った。
「ゲイバーですか……、一度行ってみたいと同居人に言っているんですが、『オオカミの群れに羊を放り込むような真似はしたくないです』の一点張りなんですよ。教授は一人で行かれたのですか?」
興味津々といった感じだった。
「いえ、私も祐樹と一緒でなければ行かないですね。ただ、その店の常連客はみな紳士的らしく、お酒を奢られても無理やり口説くようなことはないですね。そもそも店内で『口説き禁止』という不文律があるそうです。私達のような性的嗜好の人間だけではなくて、女性の甲高い声が苦手だからという理由で通ってくる客もいるみたいです。とはいえ、少数派の性的嗜好の持ち主のほうが圧倒的に多いと祐樹が言っていました。たまたま祐樹と行ったときに会った若者なのですが、LGBTQやDEIといった『進歩的』な理念がもたらすマイナスの面について語ってくれ、大変有意義な時間を過ごすことができました」
呉先生は香り立つコーヒーを目の前に置き、興味深そうに聞いている。
「キリスト教文化圏の西洋の国々と、日本とは全くといっていいほど異なりますよね。西洋では同性愛というだけで刑事罰を受けたり精神病患者扱いになったりしましたよね。その点、日本は性的におおらかな国なので、LGBTQやDEIなどを声高に叫ぶと逆効果になるような気がします。私達は世の中の隅でこっそりと愛をはぐくんでいればいいことだと思うのですが。それはそうと、このフィナンシェは兵庫県の芦屋にある例の洋菓子店のものよりも、カリッと焼きあげていますし、バターではなくてアーモンドの香ばしさがとても美味しいんです」
呉先生は華奢な手でフィナンシェの袋を破っている。
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