「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 6

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 26 of 28 in the series 知らぬふりの距離

この作品は、夏輝の父・有瀬誠一郎が搬送される前の、香川教授視点です。
毎日更新は無理ですが、時間のある時に不定期更新します。
教授がナツキのことをどう考え、祐樹も知らないうちにどう行動したのか――
気になる読者様に読んでいただければ嬉しいです。

「この会社は、銀座こそ賃貸で営業していますが、それ以外は全て自社ビルという点が大きいと思っています。一階はS&Kカンパニーの経営する美容院でして、二階三階もしくは四階まではオフィスに貸しています。クリニックや会計事務所などですね。そしてそれ以上の階は賃貸マンションです。美容院は人件費や設備費もかかる職種のため、キャッシュが潤沢にあるに越したことはないのでしょう。新宿はいわゆる水商売の女性が高額の美容室代を支払います。しかも一等地ですから、マンションも満室ですね」
 なるほどと思った。
「銀座で自前のビルを構えないのは地価の問題でしょうか?これだけのキャッシュフローがあれば簡単だと思うのですが?」
 自分のお金ではないものの、有瀬誠一郎氏と香織氏の戦略を知りたかった。
「銀座はご存知のように日本で最も地価の高い場所です。一等地に店舗を出すということは他の場所と異なり、資金的にも厳しいのではないでしょうか?また銀座は再開発や流行の移り変わりが激しい土地なのです。ですから客層や人の流れが十年単位で変化します。下手に自社ビルを持って身動きが取れなくなるよりも、賃貸にしておいて、立地が衰退したら移転できるという柔軟さを重視したのではないかと推察します」
 有瀬夫妻は優れた経営者なのだろう。銀座に店を持つという、ある意味成功者の証をなどスルーして、現実的に物事を見ている人達に違いない。ナツキさんの夢はハリウッド女優の専属美容師というある意味実現の難しいことを言ってもご両親の現実主義には響かないような気がした。
「また、白金台の店はセレブなマダム御用達といった感じで、ヘアやネイルアートといったサービスを提供しているそうです。髪だけではなく、ネイルも超一流のスタッフを揃えているらしく、施術中はワインや紅茶が供せられたり、近隣であればベンツで送迎サービルもあるそうです。白金台はそういう付加価値も加わって評判は大変良いそうです」
 要するに企業努力の賜物なのだろう。ちなみに、大学病院では事務局の女性しかネイルサロンに行ってジェルネイルをしないのが慣習だ。ナースも医師もそういうことをしていれば先輩に叱られる。長岡先生も岩松氏関連のイベントに駆り出されたとき以外は爪に何も塗っていない。
「そんなに首都圏に力を入れているのに、京都に本社があるのですか?」
 ナツキさんは誰もいない大きな家に帰るのが嫌だと言っていた。だから別に借りている部屋があったとしても本拠地は京都なのだろう。
「有瀬夫妻が出会ったのが京都で、一号店も京都の大丸のごく近くに出店したのです。いわば記念の地というわけですね。ですから本社は京都にあります。教授は大丸によく行かれますか?」
 もしかしてそこにナツキさんの両親が経営している店舗があるのかもしれない。
「はい。時々は参ります」
 担当者はにこやかな笑みを浮かべている。営業スマイルだろうが、そんなふうには感じさせない点がすごいと思ってしまう。
「百貨店の二軒隣のビルがS&Kカンパニー株式会社の本社ビルです。ただし、一階は店舗で、二階から五階までがオフィスに貸し出しており、その上階が本社だそうです。つまり、本社などは従業員や銀行などの営業や特に来社した人間しか来ないので上階でも差支えがないということでしょう。実に合理的な判断です」
 担当者も感嘆めいた表情を浮かべている。
「それならば見たことはあります。そうですか……あの上品でそして立派なビルも自社ビルというわけですか……」
 自分も思ったけれども、プライベートバンクの人間が合理的と評するのだから有瀬夫妻は極めて現実的な経営をしているに違いない。
「そうです。あの辺りの地価は京都というエリア内では高価ですが、銀座とでは比較にならないですから、自社ビルも可能だったのでしょう」
 ナツキさんがハリウッド女優の専属美容師を目指すと言って渡米するよりも、アメリカでトップレベルの技術を磨くために武者修行をしてくると言ったほうがまだご両親は納得するような気がした。いや、銀座や白金台、近畿圏だと芦屋という上品でお金持ちというイメージの街を本社にしないのは、ご夫妻の思い出の地というロマンチックな理由だとしたら、情に訴えるほうが、ある程度は効果的なような気もした。とはいえ、ナツキさんと今後いつ会えるか分からないので、アドバイスのしようもないのだけれども。
「では、私はそろそろ、おいとまいたします。なにかお力になれることがございましたらご連絡いただきたく思います。ちなみに、有瀬様とご面識はおありなのですか?」
 会社のキャッシュフローがこれだけ潤沢ならば、社長である有瀬誠一郎氏や香織氏の個人資産は多分十億を超える可能性が高い。要は重要な見込み客ということなのだろう。
「いえ、あいにく……。ただ、患者さんのお話に出てきただけで、ふとした興味を持っただけなのです」
 患者さん……。祐樹ならばもっとマシな嘘をつけるはずで、そういう臨機応変さがない自分が情けない。祐樹はそれでいいと言ってくれるけれども、いつまでも祐樹の好意に甘えてばかりいるのは何だか違う気がする。

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