「彼は主役を演じているだろう?私もよく知らないが、主演俳優は映画を成功させるために俳優さんやスタッフとの仲が円滑になるように気を配らないといけないらしい。だから、超豪華なトレーラーに『仲が険悪だな』とか『この人達はよく頑張っている』などの仲介とかご褒美を兼ねてトレーラーに招いてロケで用意されたありきたりな料理ではなく、お抱えシェフが腕を振るった料理を振る舞うことで潤滑油の役割をするそうだ。だから多めに見て六人分のテーブルが必要らしい」
祐樹が納得したような表情を男らしく整った顔に浮かべている。
「そういう仕事は映画監督がするものだと思っていました」
自分だって映画業界のことは詳しくない。
「誰もが知っている監督なら説得力があるらしいが、今は俳優の発言力が強くなっていて、監督も押し切られることもあるそうだな。だからこそベテランかつアカデミー主演男優賞受賞歴のあるショーン・マッケンジー氏の意見には従うのだろうな。そして、家、いやお屋敷が何軒も買えるようなトレーラーでの食事という豪華さも説得力の一助になると笑っていた」
祐樹がなるほどといった感じで頷いている。
「確かにそうでしょうね。総額が莫大な自家用トレーラーに専用のシェフ、あるいはコックさんが作った美味しい料理などの道具立てがあれば逆らう気も失せると思います。貴方が知り合いだとは知りませんでした。それに心臓が悪いという報道もなかったような気がします」
祐樹の長く男らしい手がカップを持ってミントティーを唇に運んでいるのを惚れ惚れと見てしまった。
「極秘にされていたからな。手術前後は彼によく似た俳優さんがカリブ海でクルージングをしていた。パパラッチもそちらに取材に行っていたそうだ。それはともかく、重要な俳優や映画関係者に顔が広い人なのは確かだ」
祐樹は頷きながら聞いている。
「私だって、そんな豪華なトレーラーで美味しいご飯を振る舞われたらいい感情を持つでしょうね。それと夏輝はどうリンクするのですか?」
祐樹の冷静な指摘に思わず赤面してしまった。話題が枝葉末節に行ってしまっていたことに祐樹の指摘で気付いた。
「夏輝さんの夢はハリウッド女優の専属美容師だろう?つまりは女優さんに気に入られないと即座にクビになるという過酷な世界だと思う。それに女優として大成する人はほとんどの場合、性格に難があることが多い。自意識過剰だったり自分が世界の中心でないと気が済まなかったりで……」
自分も元ハリウッド女優の執刀をしたことがあったが、我が儘には手を焼いた覚えがある。
「私もよく知らないのですが、奥ゆかしく、おしとやかな人はショービジネスで成功しないような気がします。それに、最近は夏輝が言っていた通り、行き過ぎたDEIで発言力も大きくなっているようですよね。人種差別反対は結構なことだと思いますが、あまりうるさいとげんなりします。ああ、そういうクセの強い女優さんの実情を夏輝にあらかじめ見せておいて、『こういう人が多いけれども大丈夫か?』とお試しをさせるお積りでしたか?」
祐樹の勘は相変わらず冴えているなと感心した。
「そのつもりだった。お父さまの件がなければ、今頃は映画のプロモーションで京都に来る一団のために、夏輝をバイトとして雇ってもらえるようショーン・マッケンジー氏に頼もうと思っていた」
祐樹は描いたように綺麗で男らしい眉を上げている。
「なるほど。ただ、今は円安なのでドルを持っている人は日本に来やすいですよね。だから次の機会もすぐあると思います。ショーン・マッケンジー氏なら日本人アルバイトを一人紛れ込ませるなんて簡単ですよね。貴方が夏輝のためを思って色々動いていらっしゃることには、正直驚きましたが、夏輝は不思議な人徳のような、いやどこか放っておけない何かがあるので納得です。『グレイス』で初めて会ったときには、よくいる享楽的な人かと思っていましたが、意外なほどしっかりしていますし、向学心も素晴らしいですよね。ただ、『日本人だから仕事をくれ!』といった悪いハリウッドの風潮に毒されないようにしないといけないと思います。『グレイス』でDEIのことを夏輝に聞いてから調べたのですが、人種を盾にして仕事を得ようとする人も存在するのですよね。
たとえばですが、日本のアニメキャラには日本人だから演じられると言い張っている人もいるらしいですよね。もちろんこれは例えなので実際の日本人が言っているわけではありませんが。ただ、仮に『鬼退治アニメ』の主役は日本人なので、日本人が声を当てるべきだという主張が通ったら、あの声優さんだけでなく、日本人であるという一点だけで私にだって演じる権利があるというおかしな理論になってしまいます。あの声優さんはきっと血のにじむような努力を経て『鬼退治アニメ』の主役を掴んだと思います。それなのに、人種のみで役柄が決まるのは理不尽ですよね。貴方は夏輝にそういう理不尽さもあるハリウッドの現状を見せたいと思われたのでしょう。それは貴方の優しさですよね」
祐樹の声が深夜の静寂に低く響いている。まるで、夜のうちに降って地面を濡らし、静かに均していく雨のように。
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