「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点 2

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 17 of 23 in the series 知らぬふりの距離

この作品は、夏輝の父・有瀬誠一郎が搬送される前の、香川教授視点です。
毎日更新は無理ですが、時間のある時に不定期更新します。
教授がナツキのことをどう考え、祐樹も知らないうちにどう行動したのか――
気になる読者様に読んでいただければ嬉しいです。

 今日の手術も無事に終わり、黒木准教授からの報告も気になる点はなかった。秘書も定時で帰宅し、本来ならば自分も帰宅する時間だ。そういえば、ショーン・マッケンジー氏からの返信が届いているかもしれない。病院長や他科の教授などのメールは就業時間中にチェックするが、私信に近い内容のメールはこの時間に読むのが日課だった。祐樹が世界一美味しいと言ってくれたコーヒーを淹れると、部屋には心を落ち着かせる芳香が漂った。コーヒーのカフェインは眠気を覚ます効果があるが、その香りには精神を癒す作用もある。しかも、コーヒーを一緒に飲むのは圧倒的に祐樹が多いので、最高の恋人が傍に寄り添ってくれるような気もする。
 メールをクリックすると案の定、ショーン・マッケンジーというアルファベットの文字列が目に入った。人気俳優であっても、誠実な人柄の彼だけに時間を割いてメールを書いてくれたらしい。彼よりもはるかに知名度が低い女優でさえ、「私は忙しいの!だからオペを含めて三日で退院させてちょうだい!」などという、医学的に見ても滅茶苦茶な要求をしてきたことがある。その女優は、今は名前すら見なくなった。とはいえ、さほどアメリカの芸能事情に詳しいわけではないので、金回りのいい男性と結婚して引退したか、映画のポスターに載らない端役女優として業界に居座っているかまでは分からないし、調べる気にもならない。多分だが、こういうマメな性格の人が俳優業界で生き残っていくような気がした。メールに目を通す。
「語学・ライセンス・サロン就職・滞在費全部含めると、少なく見積もって八万ドル、こちらでの勝負、つまりそのジャパニーズボーイが気難しくてプライドの高いハリウッド女優に気に入られるための活動費も入れた場合は十万ドルを用意していたほうがいいだろう。また、心臓の具合が悪くなれば、サトシのいる京都の病院に行っていいか?自家用ジェットを買ったばかりだし、京都といえば『世界一訪れたい街』だろう?ついでに観光してインスピレーションを得たいんだ。では、また会おう」
 ショーン・マッケンジー氏に向けてメールをしたためながら日本円にして約一千六百万円かと思った。ナツキさんのご両親は二馬力で会社の経営をしているとは聞いていた。ただ、「会社経営者として派手な暮らしをしていても内情は火の車というケースもあれば、社屋自体がボロボロで社長自らが作業服で従業員に混ざって働いている会社でもキャッシュフローは潤沢といった会社もある」と、プライベートバンクの担当者が言っていた。ナツキさんのご両親の会社は、実際のところどうなのだろうか?国内二十一店舗を擁する美容室を経営する会社は日本には多いのだろうか?とりあえず上場していないかどうかだけパソコンで調べてみた。コーヒーを一口飲むと、祐樹を思わせる太陽のような香気が口の中に広がった。上場企業だったら、投資家の判断材料にするため決算情報が載っていることは知っていた。
 一千六百万円……、遠藤先生が引っ掛かりそうになった悪徳不動産屋のマンション投資は、マンションの部屋の料金よりもはるかに高い値段だった。三億円という金額も、医師という属性さえあれば借りられてしまう範囲だ。祐樹が遠藤先生を連れてこの執務室に来てくれたのは幸いだった。高級感のあふれるパンフレットには、「選ばれしあなただけに、お届けする資産――医師という特別なキャリアに、特別な選択を――」などと記されてあった。自分の説得で遠藤先生は諦めてくれたし、そののちは医局員たちが「教授、この物件はどうでしょうか?」などと気軽に声をかけてくれるようになった。全てが祐樹と、そして遠藤先生のお陰だ。それまでは医局員は祐樹と柏木先生以外は自分を遠巻きにしていたので。
 三億円、万が一祐樹がそんな投資マンションをローンで購入した場合、金利が損なので自分はキャッシュを用意するだろう。ただ、祐樹は自動車のローンも自分に相談してくれた。「この車の助手席は貴方専用です」という嬉しい言葉まで添えて。車は国産車にしては高価だったが、この病院の医師の多くはベンツを始めとする外車に乗っている。車のローンも金利は発生するが、祐樹の給料で充分まかなえる金額なので自分が口を挟むつもりはない。
 ナツキさんのことは気になるものの、ご両親の資産状況を調べた上で判断しよう。何でも任せられるプライベートバンクの担当者の携帯番号をタップした。
『これは香川様、いつもお世話になっております』
 スマートフォン越しに丁寧にお辞儀をしている気配が漂ってきた。こういう点も気に入っている。
「少し気になる会社があります。上場もしていないことは確認済みです。そして、会社名もあいにく失念してしまいました」
 失念も何もナツキさんから聞いていない。祐樹がいつも言っている「嘘も方便」を実行したくなっただけだ。
『なるほど。お分かりの範囲内でお教えくだされば私がお調べしますが』
 こんな曖昧な依頼にもスマートフォン越しの担当者は親身な感じだ。
「国内で二十一店舗を経営する美容室を統括する会社です。社長と副社長はご夫婦です」
 ナツキさんが言っていたことをそのまま伝えただけだ。中には自分を偉く見せようと会社の規模もホラを吹く人がいることも知っていた。しかし、ナツキさんはそういうタイプではないような気がした。

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