「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点18

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 51 of 51 in the series 知らぬふりの距離

この部分は『知らぬふりの距離』祐樹視点・第26話あたりの場面にあたります。
それぞれが何を思っていたのか、併せて読んでいただければ幸いです。

 祐樹も有瀬誠一郎さんが救急搬送された後に、このもっともらしい嘘を考えついたのだろう。もし、有瀬さんが見も知らぬ他人だったら、こんなことは考えなくてもいい。ゲイバー「グレイス」で会ったというのは、夏輝さんもお父さまに知られたくないだろうし、祐樹や自分も言い訳に困る。
 テレビで、いわゆるおネエキャラがいるような店に男性だけではなくて女性も通うと紹介されていたが、それは店員さんなのか、店の「お姉さん」なのかは知らないが、とにかく男性が毒舌をはいて客を喜ばせるという趣向の店だった。しかし、グレイスは「女性お断り」のバーだ。そういう店で会ったというのは夏樹さんのご両親には言えないだろう。そして祐樹と自分だって何だかとても恥ずかしい。
 やむを得ないときにはありのままを言うしかないが出来れば伏せていたい。それを祐樹が汲み取り、咄嗟に出会った場所と、そして自分が名刺を渡しても不自然でない状況を考えてくれたのだろう。出会う場所と切っ掛けを変えた「優しい嘘」だ。
「咄嗟にそれほど見事な嘘を紡げるとは、さすがは祐樹だな」
 祐樹に惚れ惚れするのはいつものことだが、これは格別に惚れ直してしまった。祐樹が覚えましたか?と言っているような笑みを浮かべている。
「覚えた。要は『グレイス』で知り合ったことを内緒にしていればいいのだな?」
 コミュニケーション能力にも長けた祐樹ならばともかく自分が容態以外のことで有瀬氏と話すことはないだろうが、祐樹は念には念を入れようとしているのだろう。こんな見事な嘘――しかも誰も傷つかない類いのものを自分もつけるようになるのだろうか……?飲み終わった午後の紅茶をペットボトル用のごみ入れに捨てた。
「有瀬さんの主治医は、慣習通り祐樹に任命する、手術は急がなくていいだろう。当分は様子見といったところだな」
 祐樹は両方とも予期していたのかごくごく当たり前のような表情で頷いた。自販機と非常口の明かりにも負けず、祐樹の黒々としてよく光る目がとても綺麗だった。どうせ人が少ない夜の病院だ。祐樹の見ているよりもさらに柔らかい唇を唇で確かめたくなった。目をつぶろうとしたら祐樹が一歩だけ後ろに移動したのとナースシューズの微かな足音が聞こえたのが同時だった。
「教授、田中先生、救急救命室から受け入れた308号室の患者さんの意識が戻りました」
 三好看護師がそう教えてくれた。
「ゆ……田中先生は救急救命室に戻らなくていいのか?」
 自分だって祐樹と一緒にいたい。しかし、今、この時にも祐樹の処置を待っている患者さんがいるかもしれない。自分の気持ちは単なるワガママだが、救急救命医として患者さんの命を救うという重大な使命が祐樹にはある。祐樹はスマートフォンを取り出して画面を見ている。どうやらLINEや電話での呼び出しはなかったようだった。
「夏樹さんが待機しています。呼びましょうか?」
 あれだけ会いたかったというか、話したかった夏輝さんだが、事ここに及んでは何となく気おくれする。夏輝さんの夢の手助けをしたいと、夏樹さんの両親の経営する会社の財務状況を調べたり勝手にハリウッドから来日する女優さんの世話係のアルバイトまで考えていたりいた。良かれと思ってしたことだが、夏輝さんにとっては余計なお世話だったような気がする。そう思うと祐樹の言葉に即答できなかった。
「――そうだな。家族が入って大丈夫なのですか?」
 前半は祐樹にそして後半のですます調は三好看護師に向けた言葉だ。医師はある意味フリーパスだが、患者さんの家族であっても「面会謝絶」ということもあり得るので。
「はい。胸が苦しくなったところまでしか意識がないみたいです。しかし、今はバイタルも安定していますので大丈夫だと思います」
 それならば会いに行くべきだろう。手術が無事に終わるころには誠一郎氏と自分が夏樹さんの将来のことまで話し合える仲になっていたらいいなと思った。とはいえ、祐樹ほどコミュニケーション能力に長けているとは全く思わないので、どうなるかは神のみぞ知るだろう。
「あの病室は他の患者さんはいないと記憶していますが?」
 夜中に病室内でバタバタすると、同室の患者さんの迷惑になる。それだけは避けたかったので確認したら三好看護師が何故か驚いたように目を見開き、頷いた。ベッドコントロールも黒木准教授と自分の役目だ。だから空きのベッドも把握するのは当然なのだが、三好看護師には奇異に映ったらしい。ただ有瀬氏しかいない部屋なら多少の声や音を立てても他の患者さんはいないので大丈夫だろう。
「では、有瀬さんのご子息を名乗る人がナースステーションにいらしたら、面会を許可するように周知徹底をお願いします」
 事情を知らない看護師だった場合、「面会時間は守ってください」などと言って夏輝さんを追い返すことだってあり得る。祐樹がスマートフォンを操作していた。きっと夏輝さんを呼び寄せる内容だろう。その夏輝さんよりも早く病室に行き、自分の目で直接診たいと思った。
「看護師を連れずに教授が単独で病室に赴くのは、沽券にかかわりませんか?」

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