「気分は下剋上 知らぬふりの距離」教授視点15

「気分は下剋上 知らぬふりの距離]
This entry is part 45 of 51 in the series 知らぬふりの距離

この部分は『知らぬふりの距離』祐樹視点・第21話あたりの場面にあたります。
お互いが何を思っていたのか、併せて読んでいただけると嬉しいです。

 ひと段落ついて安堵し、藤原さんの容態をもう一度チェックした後に304号室を出たら、祐樹のよく光る魅惑的な眼差しに射られたようになった。そういえばこちらから迎えのスタッフなどを出す指示をしていなかった。そして、普段はスムーズに引き渡しが完了する救急救命室からの受け入れに時間を要したことで祐樹が心配して様子を見にきてくれたに違いない。
「ゆ……田中先生」
 上擦ってしまいがちになる声だが、何かと鋭い祐樹に気付かれていないかと気になった。
「香川教授、304号室の患者さんに何が起こったのですか?」
 主治医でないにしろ、藤原さんのことが気になるらしい。ただ、ここは廊下なので、他の患者さんへの迷惑になる。
「304号室の藤原さんが……、ここではまずいので、医局で話そう」
 祐樹も我に返ったような感じで頷いている。今夜の救急救命室がどのような状態だったかまでは分からないが、いつも通り生気がみなぎっている感じだった。祐樹の近くにいると自分までもが元気になっていくような気がするのはいつも通りだ。
「藤原さんの予期せぬ急性心不全で医局内がバタついてしまった。そのため救急救命室からの受け入れ要請に応えられなくて本当に申し訳ないと杉田師長に謝っていて欲しい」
 一息入れたのは、次の言葉をごくごく平常心で紡ぐことができるか自分でも分からなかったせいだ。祐樹のデスクではなくても他のモニターから有瀬氏のデータは見ることができるが、祐樹の性格を表すかのようなきちんと片付いてはいるものの、なぜか温かみのあるデスクに近づきたい一心からだった。
「さてと、そちらからの患者さんは?」
 祐樹のデスクのパソコンで確認した。ちなみにインターネットに接続されていないのは秘密保持のためだ。MRIの画像は見慣れた冠動脈の狭窄部位が映っていたが、患者名が「51歳・有瀬誠一郎」と表示されているのを見て、身構えてはいたものの、やはりという思いと、まさかという思いがせめぎあった。
「あくまでも教授判断ですが、私見ではカテーテルよりもバイパス術が最適のような気がします」
 祐樹の判断は妥当だろうと思っていたら、祐樹の整った顔が近くに寄せられてドキリとする。
「あのとき『例の場所』で出会ったナツキさん、覚えていますか?」
 例の場所とぼかしてはいるが「グレイス」のことだろう。有瀬誠一郎氏がナツキさんの父親ではないかという自分の考察が当たったのだろう。有瀬誠一郎氏がナツキさんと何の関係もなかったとしたら、祐樹がここでナツキさんのことを持ち出すはずがない。ただ、表情の選択に困った。必死に無の境地にいるような顔をしているが、目ざとい祐樹なので不自然に感じる可能性は高い。まあ、別に露見しても祐樹なら笑ってスルーしてくれそうな話題だろうけれども、何となくバツが悪いような気がする。
「――覚えているけれども」
 祐樹の黒く輝く双眸と自分の視線が交差すると、全てが見透かされそうになる。目は口ほどに物を言うということわざもあるくらいなので、この際視線を合わさないほうがいいだろう。
「そうですか、そのお父様が今回の患者さんです。救急救命室からご家族に連絡しましたが、有瀬誠一郎氏の奥さんはどこか地方に出張中だそうで連絡がつかず、ご子息のナツキさんだけが駆けつけています」
 ということはナツキさんもこの病院のどこかにいるのだろう。あれだけ連絡先を知りたくて必死だったナツキさんがこの病院に……。そう思うとあまりのあっけなさに、驚くやら呆れるやら、感情の整理が追い付かない。
「有瀬さんの奥さんは病院に駆けつけられないほどの遠方に行っているのだろうか?」
 香織という名前だったはずで、S&Kカンパニーでは土地やビルを買い取って美容院を開くという商売の仕方をしている。だから次の店舗がどこになるのかまでは分からないが香織さんはどこかの地方に行き色々な手続きをしているのだろう。それはいいとしてナツキさんだけと話す機会が出来たことを喜ぶべきだが何となく複雑な気分だった。
「そうみたいです。四国だか九州だかに行っている様子でして、一人息子のナツキさんだけが病院にいます。お会いになりますか?」
 ずっと会って話したいとは思ってきた。しかし、今の状態はまさに飛んで火にいる夏の虫といった感じで、いざ実現すると何を話していいのか分からないというか尻込みしてしまっていた。
「この容態なら、急変はまずありえないだろう。だったら、香……」
 慌てて口を閉じた。祐樹との会話で有瀬氏の奥様の名前はまったく出ていない。だから自分が香織さんという固有名詞を出すとマズいことになる。祐樹をそっと窺うと、不思議そうな表情を浮かべているだけだった。咳払いをしてごまかしたのは正解だったらしい。
「失礼、ご家族が勢揃いしたタイミングで病状説明したほうが合理的なような気がする。息子さんだけに伝えると伝言ゲームのようになってしまうだろう?」
 ナツキさんに早く会いたいのか、それとも時間稼ぎがしたいのか自分でも分からなくなった。

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