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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
「教授のおっしゃる通りです。八十代の高齢者の価値観として『働かざる者食うべからず』という共通認識があり、勤労をしていない息子を世間の目から何としても隠そうとする人が多いです。昔のように地域のコミュニティが機能していない市町村も多いです」
祐樹は、最愛の人と住むマンションですら、隣人の顔を知らない。いわゆるファミリー向けの物件なので、夫婦と子供が住んでいる部屋が多いという予想はつくが家族構成も知らない。マンションだってそうなのだから、一軒家はさらに分からないだろうなと思う。祐樹の偏見だが、傾きかけた一軒家に住む家族がどう暮らしているか、近所住民ですら知らないに違いない。
大学病院で五十代といえば、教授や准教授のポストに就いて油の乗った働き盛りというイメージだ。最愛の人は三十代だが、突出した才能と努力の成果で教授職に就いた。もちろん旧国立大学病院最年少の教授だ。
それはともかく、引きこもりの息子を恥じているなら、「東京で働いている」程度の言い訳は簡単に考えつくだろう。それに引きこもりの多くは昼夜逆転の生活をしているらしいので、近所の皆さんが寝静まったころにコンビニに行く程度だと、まず露見しないだろう。
「――それに、下手に介入するのも色々と制約があってままなりません。しかし、世間知もなければ社会の仕組みすら知らないまま年を重ねていった引きこもり男性は誰に相談すればいいのか、公的支援を求める場合、市役所に行くという知識すらないのが現状です。父が死亡し、母がお葬式や相続全般をさっさとしてしまい、学ぶ機会を失ったまま母の死を迎えるという実例がありました。そして、天袋にご遺体を運んだのは、『なかったこと』にしようとしただけで、死体遺棄という犯罪を意図したわけではなかったらしいです。結果は同じですが、子供が点数の悪い答案用紙を親から隠そうとしますよね。それと同じメンタリティでした。異臭がするという近所の人の通報で警官が安全確認のために家に入ってことの全容が明らかになりましたが、たとえば山に運び埋めてしまうなどのアクティブな引きこもりの場合――」
アクティブな引きこもりという言葉の選び方と麻酔後にハイになって芸人のように話す森技官の口調も相俟ってついつい笑ってしまいそうになる。しかし、最愛の人は、言葉を失ったまま、うなだれていた。まるで雨に打たれ、色を深くした紫陽花がそっと首を垂れるように。
「そういう悲劇をなくす取り組みも始まっています。そもそも人との距離感が分からない人が多いので、接客業などは無理です。清川大臣も大賛成してくださって、積極的に進めているのが、国から直接仕事を依頼するモデルなのです」
きっと森技官が清川大臣の失言をリークさせないように東京へと行くのはこの件なのかもしれない。いつか杉田弁護士が言っていたことを思い出した。
「死刑執行の署名をするのは法務大臣なんだよ。中には死刑反対とか、自分の署名捺印で命を奪うことを恐れたとかでその大臣の任期中は一人も執行されなかったこともある。知っているかい?死刑執行の日は死刑囚には知らされない。当日の朝五時から八時までに刑務官が房に現れることで初めて分かる。だから『毎晩明日ではないか?』と恐れおののくんだ。精神的におかしくなる死刑囚だっている。死をもって償うしかない犯罪を起こしたとはいえ、それでも国家による拷問だと思わないかい?」
確かにそのようなことをゲイバー「グレイス」で聞いた覚えがあった。裁判所が死刑宣告をし、法務大臣の職務として署名捺印するということは大臣の椅子に座る前から知っているだろう。その責務を果たせないのなら、法務大臣は断るべきだと思う。
大臣によって方針が変わることを森技官も熟知しているはずで、だからこそ清川大臣を守りたいと思っているのだろう。
「公共施設の清掃、空き家の点検や防災備品の管理など時間を選ばず、人と接することも少ない業務を委託するのです。週に一回でも二回でもいいことにして、たとえば空き家の点検を行った場合はLINEで画像を送ってもらい業務終了という証拠とします。週に何回かは、その人次第ですが、LINEが滞った場合、担当者が家に向かって様子を確認したり相談に乗ったりできますよね。まずはそこから始め徐々に社会復帰をしてもらうというプランなのです。担当者が大丈夫だと判断すれば、段階的に人と接する業務を委託し、最終的には介護職など人手不足な職に就くというのが、大雑把な流れです」
最愛の人が感心したような表情を浮かべている。祐樹は呉先生の手つきを見ていた。
「呉先生、あと2ミリほど奥に入れたほうがいいですよ」
アドバイスをしたが、無反応だった。この2ミリの差は大きいので是非伝えたい。細い肩に手を置くと、呉先生は文字通り飛び上がった。
「え?」
晴天の霹靂におののくスミレの花のような表情だった。最愛の人も呉先生の一連の行動を見て、切れ長の目に驚きの光を湛え、祐樹と視線を絡ませている。雄弁な瞳が面食らった気持ちを祐樹に伝えてきた。
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ここまで読んでくださってありがとうございます。この「巻き込まれ騒動」も、あと数話で「完」が打てます。最後までお付き合いくださればとても嬉しいです。
その後は、読者様からリクエストいただいたナツキ再登場の「知らぬふりの距離」を再開します。読んで、楽しんでくだされば望外の喜びです。
少しでも読者様の心に届く話が書けているか、不安でいっぱいですが、ランキングバナーをクリック・タップや、XのDMで感想をくださったりコメント入れてもらったりと作者冥利に尽きる思いです。
暑い日が続きますが、お身体ご自愛ください。
こうやま みか拝

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