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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
「そんなことではないです。厚労省の官僚さまがどうしてもとおっしゃっていまして。機嫌を取っておくときっと優遇されますよ」
スマホ越しでも北教授が喜ぶ気配を感じた。森技官は広い肩を仕方なさそうに竦めて藤宮技官に指示を出している。いつもはアンドロイドのような何事にも動じない藤宮技官だと認識していた。だから「例の地震」の時に森技官は神戸大学から救急救命に必要な物資を積載した物資をヘリコプターで運び、災害時のマスコミ対応のアドバイスをし、早々に立ち去った。しかし、同行していた藤宮技官をトリアージ要員として残してくれた。彼女は的確なトリアージを行って、今でも関係者の中では語り草になっている。そんな彼女なのに、今回の件は壊れたアンドロイドのように声も大きい。森技官はスピーカー機能を使っていないのに、彼女の声が断片的に聞こえる。最愛の人も藤宮技官の取り乱した声を聞いて涼やかな目を瞠っている。
もしかしたら、失言はともかくとして、日本のための政治を行っている大臣なのかもしれない。森技官だって目的のためなら手段を選ばない人だが、よくよく考えてみると国益を何よりも優先している。
『分かった。話は通しておく。この電話を切ったら病院に電話する。貸しの件は絶対に返してもらう、ははっ』
流石は救急救命医として世界的な知名度を持つ教授だ。話が的確かつ簡潔だった。
「北教授からの許可は出ました。すぐに大学病院に連絡して下さるそうです」
最愛の人は白い薔薇のような笑みを浮かべていたが、呉先生はどこか悩めるスミレといった表情で、「牛皿何とか御膳」に箸をつけている。もしかすると、ホールケーキを40パーセントも食べた上に牛丼を平らげたせいで満腹になっただけかもしれないが。
「では、私が着くまでその対応で頼む。ヘリコプターは20分後だな。分かった」
森技官がスマホをしまっている。
「香川教授、申し訳ありませんがネクタイをお借り出来ないでしょうか?場合によってはこの色と柄が不都合なこともあるので」
今まで祐樹は全く意識していなかったが森技官のネクタイは赤と白のストライプだ。休日なのでカジュアルなものを選んだのだろう。
「もちろんです。お好みの物があると良いのですが……」
森技官が椅子から立ち上がろうとして、途端に顔をしかめた。どうやら厚労大臣の失言の火消しに気を取られて、自分が足の爪を割っていたことをすっかり忘れていたらしい。痛みに負けじと立ち上がる姿は、危機管理能力の化身というより、久米先生と同じ属性のドジっ子のような気がする。最愛の人がしなやかな動きで森技官に歩み寄り、自然に肩を貸したのも、妙に引っかかった。最愛の人は怪我人だからという厚意だと頭では理解しているが、感情のほうはそんなに簡単に割り切れなかった。最愛の人と森技官がキッチンから姿を消した。
「呉先生、お茶をいれなおしますか?」
好物のはずの「牛皿麦なんとか御膳」へのお箸が完全に止まっているのも気がかりだ。
「有難うございます。できれば冷たいお茶をお願いしたいのですが……」
しおれかけのスミレのような笑顔だった。
「麦茶でよければ直ぐに用意します。といっても、私が作ったものではありませんが」
最愛の人が水と麦茶パックを入れ、沸騰させた後に中火で3分30秒煮出して作った最高に美味な麦茶だ。
「わ!本当の麦茶の味がします。とても美味しいです。ペットボトルの麦茶とは風味がまったく違いますね。それはそうと……」
麦茶を飲んでいる時の呉先生は春の陽射しを浴びたスミレの花のようだったが、今は曇天の下で咲いているかのような雰囲気だ。
「清川大臣の失言ですか?」
祐樹は、食べ過ぎも疑っていたが、無難な話から聞いてみよう。
「分かりましたか……。10年以上引きこもりを続けるとパーソナリティ障害や抑うつ状態になる人が圧倒的に多いのです。そういう人たちを『社会のお荷物』のように表現するのは抵抗があって……。彼らは彼らで苦しんでいるんです。ネトゲ廃人という言葉をご存知ですか?」
呉先生の曇った顔は、どうやら引きこもりの人々に対する憂慮からくるものだったようだ。
「一般常識としては知っています。ネットゲームに依存し、そのほかのことは無頓着になるとか、昼夜逆転生活を送る人ですよね?」
そんな生活をしていれば心身ともに病んでしまうだろうことは精神科の造詣が深くない祐樹にも分かった。
「あれ?たしか、パーソナリティ障害は10代後半で診断可能だったような気がしますが、勘違いでしたか?」
10代であれば引きこもりというより「不登校」という言葉のほうがふさわしいような気がした。
「そうなのですが、人と接することが苦手で、人間関係のトラブルを起こして会社を辞め、就活をしてもうまくいかずに結果的に家に引きこもってしまう人が増えています。そして、さらに症状が悪化します。卵が先かニワトリが先かという問題なのです。適切な支援が受けられないことが歯がゆいです。厚労大臣が言ったとかいう、50代の引きこもりは、たいてい10年以上家から出ないので、抑うつや統合失調症も発症しかねない危険な状態なのです。清川大臣の言葉は、精神病患者を抹殺の対象とした優生思想に通じるものがあって、精神科医の端くれとしては到底看過出来ないのですよね……」

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