「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」88

「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」
This entry is part 14 of 25 in the series 気分は下剋上 巻き込まれ騒動

 森技官は病院の不祥事を監督する立場なので色々な事例を見てきたはずだが、所詮は他人事ひとごとなのだろう。最愛の人も描いたように綺麗な眉を寄せている。
「それは病院全体のマイナスイメージですから、最終手段としてやむを得ない時にだけという方向でお願いいたします」
 ティーカップを静かにソーサーに置いた最愛の人が森技官に向かって頭を下げている。祐樹も病院の一員なので揃って頭を下げた。
「お前さ!お前の悪知恵はよく知ってるけど。だから、お前に任せてオレも教授職という責任重大な立場になろうと思ったわけ。しかし、現職の真殿教授がどんな不祥事かは知らないけど、週刊誌に載ったら、次に名前が挙がるのはオレだぞ?道義的にも、病院的にもそんなことはダメだ!!」
 言葉は厳しいが、何しろ「牛皿とろろ御膳」なるものを食べながら言っているので説得力には欠ける。
「まあ、そうですよね」
 アルマーニがこよなく似合う広い肩を竦めている。足の爪が割れたのも座っていれば痛みを感じないらしい。森技官のスマホが振動した。
「藤宮からだ……。少し失礼します」
 藤宮技官は森技官の腹心で、何を血迷ったのか、厚労大臣、いや総理大臣の命令よりも森技官の意見を重視している。そして何より感情がないのではないかと真剣に思えるほどで、どんな時もアンドロイドかロボットのような正確無比かつ無機質な対応をする女性だ。
『大変です!』
 スマホ越しに聞こえてきた彼女の声には祐樹も初めて聞く動揺の色があった。霞が関に祐樹が一緒に行けない時に最愛の人のボディガードのような役割をしてくれる彼女なので、付き合いの長い彼も目を瞠っている。最愛の人は己の整った容姿に無関心で、一人で霞が関に行った時、厚労省の当時ナンバー2に料亭に呼ばれ、次の間には布団を敷いてあった。不意をつかれ唇までは奪われたが、必死に抵抗したという過去がある。二度とこういうことが起こらないようにという森技官の心遣いで藤宮技官をつけてくれたので、最愛の人のほうが付き合いも長い。
「え?あの清川が!?で、具体的には?」
 最愛の人が「清川というと厚労大臣?」と呟いている。
「は!?老人は金ばかり掛かって生産性が皆無だから早くあの世へピンピンコロリ?……その年金で養われている五十代の引きこもりも一緒に逝け!?気持ちは分からないでもないが……、それをどこで言った?そして、記者には漏れているのか?」
 ……それは人間として言ってはいけないことだろう。しかも、よりによって厚労大臣がそんな失言をしたとなると内閣総辞職もあり得る事態だ。
「そうか。まだ漏れていないのだな?分かった。とりあえずプランAを実行して時間を稼ごう」
 プランAが何かは分からないが、厚労省お得意の大物芸能人などの著名人の違法薬物使用をマスコミに流すとかそういうことのような気がする。誰でも知っている芸能人が麻薬を摂取しているという情報などは、不思議と政治家のスキャンダルが出た時に同時に出回るのは知っている人は知っている。覚せい剤は五感が研ぎ澄ます特性があり、性行為の際に使われやすいのは祐樹も知っていた。覚せい剤と性行為、特に不倫だったらマスコミも食いつきやすいし、ワイドショーの枠も大幅に割かれる傾向にあることも。
「私も可及的速やかに霞が関に行く。ヘリコプターは空いていないか調べてくれ。今、私は……」
 森技官の薄い唇が満足そうな笑みを浮かべている。恋愛感情はお互いに持っていないが理想的な部下を持っているからだろう。
「香川教授、病院のヘリポートの使用、何とかなりませんか?」
 いきなり無茶な話を振られて最愛の人は、突風に吹かれて花びらを揺らす紅薔薇のように戸惑いの色を浮かべていた。
「使用の権限を持ち、かつ話が早いのは救急救命の北教授です。連絡してみましょうか?」
 森技官は清川大臣を長岡先生の婚約者である岩松氏の病院に緊急入院させるべく、藤宮技官に指示を出しつつ祐樹に手を合わせている。一応感謝のつもりらしいが、祐樹だって神様でも仏様でもないので、ちっとも有難くはない。そんなことを思いながらスマホを取り上げた。
「本来なら私が頼むべきなのだろうが、どう言っていいのか分からないので、祐樹に頼む」
 最愛の人は祐樹の知る限り、最も卓越した頭脳の持ち主だが、嘘は苦手な人でもある。そして、想定外には若干弱いので、こういう時には祐樹の出番だ。
「任してください。北教授ならきっと協力してくださいますよ」
 最愛の人に笑いかけつつスマホを手に取った。
『お!田中先生どうしたんだ?』
 救急救命医として世界的な知名度を誇る北教授は、緊急事態に慣れている。
「実は非常事態が起こったのです」
 言葉を選びながら伝えると、愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
「非常事態?まさか田中先生が起こしたのではないだろうね?」

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