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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
仕事とプライベートはきっちりと分けたいと祐樹は考えていて特に最愛の人との愛の交歓のときはプライベートの中のプライベートだ。だから医学用語を使わずに二人にだけ分かる行為の言葉を使うのはある意味当然だと思っている。
「実は、二つの目標がありまして。一つは最高に色っぽい俺の恋人の姿をこのスマートフォンのビデオに収めるということです」
森技官は、呉先生が投げつけたスマホを大切そうに撫でている。きっと呉先生の痴態を思い出しているのだろう。スマホを愛しげに眺めている。
「――そして、もう一つは帰宅してから始める予定の『恋人同士の愛の語らい』つまりセックスですが……それの前座みたいなものですね」
あんなに嫌がっていたのに?と思ったが、それは祐樹の最愛の人が愛の交歓のとき、絶対に「いや」と言わない人なので感覚が鈍っていたのかもしれない。
「あれはあれで悦んでいましたよ。お二人に見られるという羞恥が却って快楽の起爆剤として作用したのです。それにしても吉野家、この辺りにない上に、足の大怪我……」
先ほどまで黒曜石よりもらんらんと光っていた森技官の目が死んだ魚のようになった。だから、足の爪が割れて肉に食い込んだ程度で「大怪我」なら、じゃあ骨が折れた時は――いっそ、葬式の準備を始めるべきなのじゃないかと森技官に言いたい。最愛の人が軽やかな歩みでリビングに戻ってきた。
「お加減如何ですか?それならいっそのことウーバーイーツで頼めばいいのではないでしょうか?」
森技官は祐樹最愛の人のアドバイスを神の啓示を受けたような表情に変わった。大袈裟な人だとは思ったが――まあ、突然「感謝の歌」をみんなが歌って踊るミュージカル映画よりはずっと平和的だ。ああいうのは祐樹の理解を超えている。台詞の途中でいきなり歌い出すぐらいなら、黙って考えていてくれと思う。
「あの、ここの住所、正確なマンション名まで教えてくださいませんか?なにせ怪我人なもので手が思うように動かなくて」
は?足の甲が腫れて爪が肉に食い込んだのと、呉先生に頭を叩かれて俗に言うたんこぶが出来たことと頬の赤みが森技官の自称「大怪我」で手の指や頭脳とは全く関係がないと思えてしまう。
「それは大変ですね。スマートフォンを貸してください。私がします。それと、その足では松葉づえなしでは歩行も困難ですよね?エントランスにタクシーを呼びますから、チップを渡して運転手さんに買い物をお願いするというのは如何ですか?」
最愛の人は、軽やかに跳ねるような仕草で森技官のスマホを操作しながら、実に親身なアドバイスを送っていた。その様子に森技官はもう――地獄の底でお釈迦様に邂逅したとしても、ここまで幸せそうな顔はしないんじゃないか、と思うほどの満面の笑みだった。
「えと、牛丼は聞き取れたのですが、もう一品はなんでしたっけ?」
最愛の人がスマホを森技官に返した途端に森技官は首を傾げている。呉先生は早口で言っていたので、祐樹も「牛皿なんとか」としか記憶にない。
「『牛皿麦とろ御膳』だと記憶しています。そのような料理名はウーバーイーツに載っていませんか?」
秀逸過ぎる記憶力をいかんなく発揮した最愛の人に感心の眼差しを送った。祐樹も滅多に使わないウーバーイーツのアプリを開いた。救急救命室の凪の時間に久米先生や清水先生に買い物に行かせるのは、別に先輩風を吹かせるためではなくて、行き帰りに外の空気を吸って気分転換になればいいという配慮からだった。祐樹も、「吉野家」をタップしてみると、確かに「牛皿麦とろ御膳」はメニューに存在し、しかも最も高価だった。……もしかして呉先生、羞恥と混乱の中で、かろうじて残った理性を振り絞り、せめて高いやつを選んだのかもしれない。そう考えると呉先生もなかなかの策士だなと祐樹には思えた。文字通りピンチをチャンスに変えている。そういう機転がきく人なら教授職に相応しい気がする。――食欲に限った話でなければいいのだが。
そんなことを考えていると、祐樹のスマホが鳴った。相手は清水研修医からで、きっとLINEを見て折り返しの電話をしたのだろう。
「もしもし、田中です」
最愛の人は森技官を玄関まで送って――しかも肩まで貸すという「厚遇」も見せている。彼としては患者さんへの気配りなのかも知れないが、森技官の怪我は自業自得の側面が強い。祐樹としてはなんとなく面白くない……。
『あ!田中先生、清水です!今は病院の外からかけています』
清水研修医の声も弾んでいる。何しろ彼も「呉教授」待望論者だ。そして、「病院の外」とわざわざ言及したのは、盗み聞きをする人間がいないことをそれとなく知らせている。そういう配慮が出来る医師はなかなかいない。やはり、京都一の私立病院の御曹司として「帝王教育」を受けて育っただけのことはあると感心した。

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