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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
誰も言葉を発しない時間がゆっくりと流れていく。
森技官は、まるで幕末の「鳥羽伏見の戦い」で誰も見たことのない天皇の象徴の「錦の御旗」を掲げて幕府軍を朝敵に仕立て、戦意を喪失させた岩倉具視のような顔をしていた。しかし、あちらはのっぺり顔に変な眉、お歯黒と白粉で顔面迷子ではあるものの、れっきとしたお公家さん。今の時代なら完全に「痛い人」枠だ。その点、森技官はというとアルマーニをこよなく似合わせる俳優ばりの男前。その落差がまた腹立たしい。
勝ち誇ったような顔をしているが、祐樹からすれば、恋人の呉先生の足の間に堂々とテントを張らせた「戦犯」はお前だ、森技官。怒りのあまり、この部屋で最も重いバカラの花瓶ごと森技官の頭を粉砕したくなった。いや、むしろ脳内ではすでに十回は投げていた。しかし、あの花瓶は祐樹が贈った花束を、最愛の人が嬉しそうに活けている大切な物だ。個人的に森技官の頭は粉砕してもいいが、最愛の人の愛は絶対にひとかけらも欠けてはならないという理性が辛うじて自制を促してくれた。
――呉先生の顔は気の毒すぎて、まともに見ることもできなかった。森技官と二人きりなら、あれも愛撫で済むのだろう。しかし、最愛の人と祐樹の目の前でテントを張ってしまうなど、それはもはや公開処刑ならぬ、公開勃起だ。
隣に佇む最愛の人は呉先生を「診て」いた。いつもの呉先生に対する自然な笑顔ではなく、鼓動の乱れを指先で計るような、慎重で繊細な視線だった。
「どうやら持続性勃起症ではなさそうですね」
怜悧で淡々とした声が却って恐怖を呼び起こす。――きっとこの場にいる人間が最も罹りたくないシロモノだろう。性的刺激とは無関係に四時間以上も痛みを伴って勃起し、放置すると陰茎の組織が壊死する可能性もある疾患だ。最愛の人以外はその痛みをまざまざと感じたせいか、森技官と呉先生は陰茎の穿刺で血液排出が処置法だと知っていて、その治療法に恐怖を感じたのだろう。
呉先生は、チアノーゼを起こしたスミレのよろしく、青紫色の顔で固まっているし、森技官に至っては、バグっていた神経回路が今ごろになって再接続されたのか、真っ青な顔で冷や汗をだらだら垂らしている。見た目は完全にCPU焼き切れ寸前。――いい気味だ、と祐樹は心底思ったが、声には出さなかった。
「あのう、大変申し訳ないのですが、シャワーをお借りしても?」
呉先生は恐怖に顔をこわばらせていた。しかし、標高は多少下がったとはいえ、テントはまだ健在だった。トイレではなくシャワーを求めたということは、ただの排泄では処理しきれない何かがあったということだ。おそらくカウパー線液も相当量分泌されている。祐樹はそう判断した。
「え?はい。もちろんです。こちらへどうぞ。使い方を説明しますね」
しなやかに歩く最愛の人の後ろでやや前のめりになった呉先生は森技官を睨みつけている。
「おい!下着は流石に借りれないんだから、コンビニにでも行って買って来い!サイズは知ってるだろ!!」
逆上したスミレの王子様といった感じで森技官に命じている。
「分かりました。田中先生、最寄りのコ、痛っ」
律儀にまだ最愛の人が持っていた森技官のスマホを手に取った呉先生は森技官がまだ座っているソファー目がけてそれを投げたのだろう。呉先生は最愛の人が本気で「暴力はダメ」と言ったと信じている。しかし、やや前のめりの体勢が味方したのか森技官の腕に当たった。
これは暴力ではなく天罰だと最愛の人が怒ったらそう言い訳しようと祐樹は心に決めた。
「そのスマホで勝手に検索して行けよ!!」
呉先生の剣幕のすごさはブリザード並みだ。
「あとさ、吉野家で『牛皿麦とろ御膳』と、『牛丼』買って来い!分かったな?」
なんだかドラマで観たことがある、ヤンキーとそのパシリみたいな関係性だなと思いつつ、浴室に消えていく最愛の人と呉先生の痛々しい背中を見送った。というか、あれだけの食事にケーキをたらふく食べたあとに吉野家の牛丼を二人前……。あの細い身体のどこに入るのか不思議だった。
「……田中先生、この足の大怪我……徒歩は無理です……」
先ほどの勝ち誇った顔はどこにいったのか、今度は泣き落としかと呆れた。それに大怪我?爪を割った程度なのに。
「病院まで歩いて行ったらローソンがありますよ。さっきまであんなに元気だったのですから、『病は気から』ではないですか?それに厚労省特権を振りかざしたら、どっかの医師か看護師が松葉づえを貸してくれるかもしれませんし……。『吉野家』はこの辺りにないですね」
森技官は絶望に暮れる老リア王といった感じだった。
「――いや、そもそも、なんであんなことをしたのですか?怒るに決まっていますよね?」
神経回路がバグっていたとかいう返事だったら、頭の血腫をもう一度殴ろうと心に決めた。おい、またお得意の「間」かよ?と思いながら、先ほどの分析は医学的だったなと心の中で苦笑した。生理現象なのだから医学的用語を使うのはある意味当たり前なのだが、最愛の人との愛の交歓の時にはああいう表現は絶対に使わない。

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