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- 「気分は下剋上 巻き込まれ騒動」最終話
「田中先生、お願いします」
呉先生が朝日に照らされたスミレのような笑みでスマホを手渡してくる。最愛の人が森技官のスマホを持っているのだから、妥当な人選だろう。そして森技官は、神経回路がバグったままのようで、すたすたと歩いている。爪が皮膚に食い込んで出血していたし、祐樹が処置した時は死にそうな表情だったというのに、――あの反応は明らかにおかしい。たぶん、呉先生とのツーショットという喜びから、脳内で「恋の鎮痛剤」でも出たのだろう。エンドルフィンとかオキシトシンとか、脳が分泌する快楽物質。痛みの信号をブロックして、本人は「痛くない」と本気で思い込んでいる。祐樹から見れば、まあ……恋は最強の麻酔というところかと妙に納得した。
「いや、それは明らかに近いだろっ?」
森技官は呉先生の肩を抱いて頬も擦りつけそうなほどの近さでソファーに座っている。
「いえ、呉先生の天使のような寝顔を上書きするのであれば、そのくらいの距離感は当然かと思いますが」
祐樹の隣の立った最愛の人はごくごく真面目な表情でスマホを構えている。祐樹は気が進まないどころか、やる気はゼロに近かったが、仕方なく付き合うことにして、呉先生のスマホを持ち上げた。――この二人は祐樹たちのようにデート先で親切な人にツーショットを撮ってもらわなかったのかと疑うほどの浮かれっぷりだった。
「はい!チーズ!」
最愛の人が言ったとたん、森技官が動いて呉先生にキスをした。当然、スマホの写真は見事にブレていた。スマホのカメラは、そこまで瞬発力に対応してくれない。そもそも、どうして祐樹や最愛の人がカメラマンのように、こんな撮影係をやらされているのだろう?しかも撮っているのは、よりによって「森技官と呉先生のラブラブ写真」だ。本来ならば、「呉教授」誕生までのフローチャートを詰める真剣な場のはずだったのに――。
「ちょ!おまっ!キスはやりすぎだろっ!」
頬を朱に染めて焦る呉先生は、まるで動揺するスミレの花のようだった。そんな恋人に、森技官は俳優ばりの端整な顔にどこまでもクールな笑みを浮かべている。いや、やっぱり足の痛みは完全にブロックされているしか思えない。祐樹がその件に触れようものなら、その瞬間にブロックが解除されて「痛くて死にそうです!!」と叫ばれるに決まっている。――やはり、「沈黙は金」だ。
「いいではありませんか。せっかくの機会、しかも初めてのツーショット写真なのですよ!」
祐樹が既に諦めの境地に達しているというのに、ソファーに並んだ二人は、今にも犬も食わない痴話喧嘩を始めそうな勢いだ。
隣に立った最愛の人が大きなため息を吐いている。祐樹と同じ心境なのかと思いきや、一拍おいておもむろに口を開いた。
「キスだって立派な芸術ですよ。クリムトの『接吻』をご存知でしょう?貴方たちなら、それに匹敵する名画になるはずです」
最愛の人は、本気でそう思っているのか、それとも祐樹と同じくこの茶番劇を一刻も早く終わらせたいのか……。それは分からないが、ツッコむ気力も失った祐樹は真面目な顔を繕って重々しく頷くしかない。たしかに目の前の二人は黙ってさえいれば、まるで映画のスチール写真のように絵になる――あくまで「黙ってさえいれば」、だが。
「教授の言うとおりだ!羞恥を乗り越え、己をさらけ出してこそ、真の芸術は生まれる!恥じらいに屈したキスなど、ただの私的行為に過ぎない!しかしっ、今ここで我々が昇華すれば、それは『接吻』を超える――永遠に残る、崇高なる芸術作品となるのだ!!」
……脳内で快楽物質でも暴走しているのか、それともあの学生運動まがいのアジ演説で高まった興奮がぶり返したのか、祐樹にはもう判別不能だった。……いいだろう。もう好きにしてくれ。祐樹は腹をくくった。どうせここまで来たら、キスの写真で押し切るしかない。――それにしても、たかだが二人のスマホにひっそりと保存され、お互いしか見ない画像を「芸術」と呼んでいいのだろうか?いや、そんな余計なことは考えずに、森技官が納得するような写真を撮って、早くキッチンに戻って戦略会議を再開したい。その一心だった。
「お二人のキスシーンは素敵でしょうね。――それに、これを拒めば、半裸写真どころか、『芸術的な』ヌードという展開だってあり得るのです。それは嫌ですよね?だったら、クルムトが嫉妬するくらいのキスの画像で手を打ちませんか?」
一体全体、何故撮影係にされているのか?そしてその上、まるで清純派女優を説得する映画スタッフのような言葉を口にしなければならないのか――疑問は尽きない。しかし、考えたところで答えは出ない。……諦めるしかないのだ。

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