「気分は下剋上 今年限りのもの」後編

短編
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This entry is part 11 of 12 in the series 下剋上SP

「あの照明にも電気代がかかるだろう?『経費の無駄遣いだ!』と真殿教授は判断したというのが建て前だ。本音は並川教授を思い出す物など見たくないということだそうだ。だから今年限りであの電飾は撤去される。個人的には教授会でよく会話している事務局長の入れ知恵があったのではないかと思っている」
 電気代か、それは確かにかかるだろう。最愛の人と行く神戸ルミナリエも毎年のように開催が危ぶまれているという新聞記事を祐樹も読んでいる。会場には寄付を呼び掛けているスペースも用意され、参加した人は財布からお金を入れているのが現実だ。あの光の祭典ほどではないだろうが、電気代は経費として認められてもいいのではないか、と祐樹は思った。実際、患者さんの容態が回復し――いや、精神科では「寛解」と言うのだったか――とにかく、退院が早まるのは患者さんにとって良いことだ。
「事務局長は『経費削減』とお経のように唱えていれば万事解決と思っている人ですからね。教授会で話し相手がいない人同士、消去法でオトモダチになったのではないでしょうか?」
 祐樹には教授会に出席する権限はないが、最愛の人が話してくれるのである程度は知っていた。真殿教授も嫌われているが、事務局長は蛇蝎のように嫌われている。最愛の人は自分から話しかける性格ではないが、内科の内田教授・小児科の浜田教授とよく話す。そして、医療従事者視点での病院改革を目指している内田教授と事務局長は真っ向から対立し、話す必要がない場面では、お互いを無視していると聞いている。
「祐樹の推察通りだと私も思う。経費削減は事務局長の唯一の目標だからな」
 最愛の人は祐樹の肩に頭を載せて、その重みが心地いい。
「必要経費と無駄な経費を見極められない無能な事務局長など、失脚すべきだと私は思います」
 最愛の人は同感という眼差しを祐樹に向けている。一つのマフラーにくるまった二人の距離はいつもより近い。その距離をいいことに、二度目のキスを交わした。
「やはり唇が冷たいですね……」
 キッパリと澄んだ空気に対抗するように交わすキスはぽっかりと心の奥に染み入るような気がした。それに柔らかな光を放つ木が祝福するように煌めいている。
「並川教授は呉先生の恩師だったわけですよね?それでしたら、呉先生が教授職に就いたら即座に復活すればいいのではないかと思います」
 最愛の人は驚いたように目を開いて祐樹を見ている。
「――そうか、それで私にもこの木を見てほしいと言ってきたのかもしれないな。学生時代から精神科にもよく来ていたので当然この木のことは知っていたが、そういう事情までは、呉先生も知らないだろう」
 最愛の人の専攻は言うまでもなく心臓外科だったので、精神科に興味を持っても講師などと話す程度だろう。教授職と話す機会は多分なかったはずで、精神科専攻の呉先生とはそこが異なる。
「そうですよ。呉先生もこの灯りを惜しんでいるのでしょう?だったら、教授権限で復活させればいいと思います。それもなるべく早くです。この光の木は、本当に精神が安らぐような気がします。貴方と一緒に見るのでなおさらだとは思いますが。患者さんだってきっとそう思っているでしょう。森技官の呉教授・・誕生の陰謀がどこまで進んでいるのかまでは知らないですが、精神科の梶原先生も『医局の空気が変わった』と言っていました。森技官の戦術は外堀をじっくり埋めて、気が熟したと判断すれば一気に攻めるタイプです。そのときを待っていればいいかと思いますよ。この木が再び光を取り戻すときには、『並川教授の木』とでも名付ければ追悼にもなると思います」
 最愛の人は、柔らかな笑みを浮かべ祐樹を見ている。
「そうだな。いつまでも祐樹とこうしていたいのだけれども、そろそろ風邪を引きそうな気がする」
 確かに冬の午前四時の寒さは素肌に突き刺さるようだった。
「あの木に『さよなら』は言わないことにします。その代わりに『また会おう』と。連れてきてくださって有難うございます。今の時間だと、二十四時間営業の牛丼屋か、柏木先生お勧めの屋台のおでんを食べてから帰宅するというのはいかがでしょう?」
 最愛の人は三秒ほど黙ったのちに少し白い唇を開いた。
「おでんが食べたいな。その屋台には日本酒を置いているだろうか?」
 最愛の人はアルコールに強いタイプだが好んで飲む人ではない。
「ああ、並川教授への追悼ですか?日本酒があるかどうかまでは聞いていないのですが、味は抜群だそうです。とはいえ、ごくごく質素な屋台だそうですけれども」
 ビールでもなく日本酒と言ったのはきっとそのせいだ。
「よく分かったな。それに、屋台のおでんは食べたことがないので。それに質素だろうと豪華だろうと祐樹と一緒に行くということが私にとっては重大なので」
 最愛の人は名残り惜しそうに光を放つ木を見つめ、一分後に立ち上がった。
「では、味が染みた大根や卵を食べて温まりましょう。ああ、ここが精神科なので、屋台にはこちらからのほうが近いと思います」
 最愛の人の腰に手を回した。そして最後にその柔らかな灯りを振り返り、二人は歩き出した。

    <了>

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