「気分は下剋上 イルミネーション 2025」9

「気分は下剋上」イルミネーション 2025
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This entry is part 10 of 15 in the series 気分は下剋上 イルミネーション2025

 森技官は祐樹が内心羨ましく思っている、苦み走った整った顔に微苦笑を浮かべている。祐樹はどちらかと言えば童顔なので若干ムカつく。ただ、今着ているのが黄色のモフモフの毛布みたいなコートなので、奇妙な可愛らしさがないことはない。省内きっての切れ者という評判の森技官の印象がダダ下がりしているのも事実だが、それはそれで面白いと祐樹はひそかに笑いを噛み殺した。
「選挙に関係する人は、『普段から行政には市民の監視が必要だ』と言っているようですが、実際問題そこまでチェックなど出来ないですよね。そのように主張している人は『生活が苦しい』とか『首相や政府がけしからん』みたいなことを平気で言いますが、少なくとも動画を拝見する限り身なりはお金がかかっているのです。そういう人が庶民の生活の実情など知っているとは、とても思えません」
 森技官の言葉に、祐樹は納得して頷いた。
「私も選挙は候補者一覧を見て公約をチェックしてから投票に行きますが、学歴を詐称しているような人までは、さすがに分かりませんからね。京都ではそのような人はいないようですが……」
 最愛の人は会話に入りコートに包まれた細い肩を竦めていた。そういえば学歴を「大学卒業」としていて、実際は除籍になった市長がいたなと思い出した。しかも「卒業したと認識している」とか言っていたが、卒業式に出席していれば具体的なエピソードを覚えているはずで、どうにも胡散臭い。
「へんてこな候補者を選ばないようにするためにはどうしたらいいと思いますか?」
 選挙を行うには数千万円の予算が必要だと、祐樹は何かで読んだことがあった。その原資もまた税金だ。
「アンテナを複数張り巡らせておくことですね。今はYouTubeでも選挙に関するチャンネルもあるので、左派や右派の主張を聞いておくだけでも、見え方はずいぶん違ってきますよ」
 なるほどと思って頷いていると、最愛の人も真剣な表情を怜悧で端整な顔に浮かべている。
「あ!ホットワインが売っている。身体が温まるだろうな」
 呉先生の無邪気な声が、ライトアップされた空間にスミレ色を添えたような気がした。
「いいですね。さほど寒さは感じていませんが、こういう飲み物を売っているのも、なかなか珍しいですね」
 最愛の人は体調管理に気をつけているのでコートの上からマフラーを巻いているし、手には手袋をはめている。ただ、薄紅色の唇からは白い息を吐いている。
「ホットワインですか。それよりもブランデーやウイスキーが良いのですが……」
 森技官が小さな声でぼそりと呟いていた。この四人のなかでは最も貴族趣味と言えるだろう。ビシっとアルマーニのスーツを纏い安楽椅子に座ってブランデーグラスを傾けるのが似合っているような気はする。しかし、今はもこもこの黄色いコートを着ているのでホットワインどころかホットミルクでも似合いそうだ。
「良いですね。飲みながらイルミネーション会場を回りましょう」
 青や黄色の光の川のような見事なイルミネーションが普段のストレスを洗い流してくれそうな気がした。
「アメリカンドッグも売ってる!これも美味しそうですよね。教授」
 呉先生の胃袋はどうなっているのだろう?これからカニの食べ放題に行くのが決まっているのに、これほど食べて、本当に大丈夫なのだろうか?
「私はホットワインだけにします」
 最愛の人の怜悧な声が青いイルミネーションに調和して煌めくようだった。
「祐樹はどうする?」
 特に飲みたいわけではなかったが近いとはいえ観光地に来たらご当地ものは味わいたい気がした。ホットワインがご当地物かどうかの議論はさて置くことにする。
「私も飲みます」
 森技官もしぶしぶといった感じで頷いている。
「えっと、ホットワイン四つとアメリカンドッグ二つお願いします」
 呉先生が売店のスタッフに声をかけている。ホットワインは人数分だが、アメリカンドッグは呉先生以外誰も食べるとは言っていない。順当に考えれば呉先生が一人で二つも食べるのだろう。
「ケチャップとマスタードをたっぷりかけてください」
 呉先生がにこやかに注文しているのを森技官が愛おしそうに眺めている。二つも食べて肝心のカニが食べられないリスクを考えていないのだろうか、それとも普段からそんなに食べているのだろうか?あんなに細い身体によく入るなと感心した。
「アメリカンドッグはお前が持ってくれ。はい、教授と田中先生の分です」
 呉先生は毛糸の手袋をした手で危なっかしく渡してくれた。
「有難うございます。美味しそうですね」
 ベースは赤ワインなのだろう。湯気がほかほかと立ち上ってこの寒い夜にはうってつけの飲み物のようだった。最愛の人はプラスチック容器に入った赤ワインを一口飲み満足そうなため息を零している。祐樹も飲んでみると多分ハチミツの甘みを先に感じ、その後シナモンと思しきスパイスが鼻に抜け、そのあとで赤ワインの風味がじわりと効いてくる感じだった。胃の中に入ると、そこからじんわりとした温かみが、祐樹の身体じゅうに広がるような気がした。
「美味しいですね。それに身体が温まります」
 最愛の人も梅の花のような笑みを浮かべながら、ゆっくりと一口ずつ飲んでいる。
「祐樹とイルミネーションを見ながらこういう物を飲むと別世界に来たように感じるな。命の洗濯というのは、きっとこういうことなのだろう」
 青色の電飾が海の中にいるような錯覚に導いてくれる。
「そこを食べるのですか?もっとマスタードをならしたほうがいいのではないのですか?」
 森技官の心配そうな声に振り返ると、呉先生はホットワインの容器を森技官に持たせ、両手でアメリカンドッグを大切そうに握っていた。

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