アルマーニと思しき、光沢のあるカシミヤのコートが、エリート然とした雰囲気を引き立てているのもいちいちムカつく。きっぱりした印象を、見る者に与える紺色のスーツといい、几帳面に締められた青色のネクタイと相まって「出来るビジネスマン」といったところだ。
とはいえ、実際に森技官は仕事ができる。見てくれだけではないという事実も、また癪に障った。
「お仕事お疲れ様です。土日も仕事なのは大変ですね」
祐樹は口調に嫌味を加味して言ってみたが、森技官は酷薄さを感じさせる薄い唇に、事もなげな笑みを浮かべた。
「いえ、国家公務員の当然の務めです。私などは休みが取れているほうですよ。昔は若殿様の修行先と言われていた警察署長のポストですが、現在は実務力を重視した結果、中堅の官僚が選ばれます。署長のポジションに就いている時には所轄から離れずに待機しているのが普通です」
祐樹などは土日は他の医師に勤務を変わってもらっているので耳の痛い話だ。ただ、警察署長は一人しかいないが、救急救命医は多数いるので良しとしよう。
「それは万が一事件が起こったときに大至急駆けつけるためですか?」
最愛の人は切れ長の目に驚きの光を宿している。
「その通りです。さてと、遅れてきて申し訳ないのですが、ヘリコプターの搭乗時間が迫っていますので、こちらにいらしてください」
祐樹は、もっぱら関西空港を利用しているので神戸空港のことはさっぱり分からない。しかし、森技官が長い足をいかんなく発揮して大きな歩幅で歩く通路は絨毯からして豪華だった。都市伝説なのか、実際にあるのか、祐樹には分からないが、大臣や国賓などの要人だけが使う廊下があると囁かれている。もしそれが実在するならこの通路だろうなと思った。
「わ!とても綺麗ですね。色の違う宝石がそれぞれ煌めいているみたいです」
呉先生は窓外の景色を眺めて歓声を上げている。森技官は心配そうな表情で腕に抱いた袋を後生大事に抱えている。
「車酔いする性質なのですよね?ヘリコプターは大丈夫なのですか?離陸するときにはかなり揺れましたが」
呉先生は頬を不満げに膨らませていた。モフモフのコートを着たリスといった感じだった。祐樹の記憶が正しければ頬袋という、頬の横側から首にかけて餌を保存していた。祐樹にそれを想起させた呉先生も愛らしいリスのような感じだった。
「あれは車に酔ったんじゃなくて、お前の乱暴すぎる運転に酔ったんだ!その証拠に、帰りは田中先生の車に乗せてもらったらまったく車酔いしなかったんだぞ。お前の運転は社会の迷惑だ!お前はさ、悪いことは言わないから後部座席でふんぞり返っているのが世のため人のためだ」
森技官の胸の辺りを指さして可憐な目に剣呑な光を宿している。四人で行ったキノコ採りの話らしい。「社会の迷惑」とまで恋人に言われて森技官はどうリアクションするのだろう。祐樹が最愛の人に万が一にでも言われたら三日間程度は寝込んでしまいそうだ。とはいえ最愛の人は間違ってもそんなことは言わないだろうけれども。
「そうですか?つまりは重役というかVIP待遇が私には相応しいと。そうおっしゃりたいのですね。光栄です」
本気で言っているのか呉先生の暴言(?)を柳に風と受け流しているのかまでは分からないが、森技官の端整な顔に仄かに笑みが浮かんでいるところから見るとどうやら前者らしい。こういうポジティブシンキングはある意味羨ましい。
「夜景、本当に綺麗ですね。この航路だと目的地に直行ではなくて神戸を一周し、空からも夜景を楽しむという趣向ですよね」
最愛の人が白い薔薇のような笑みを浮かべて森技官を見ていた。
「その通りです。どうせなら夜景を堪能しつつ目的地に向かいたいと思いましたので」
森技官にしては粋な計らいだと祐樹は感心した。
「百万ドルの夜景とはまさにこのことですよね。いえ、二人で夜のドライブデートに行ったのですが、芦屋の展望台から見る夜景もものすごく綺麗でしたが、遮蔽物のないこの夜景もとても見事です」
森技官は皮肉な笑みを唇に刻んでいる。
「百万ドルの夜景……ですか?」
最愛の人は祐樹と森技官を交互に見て慌てた感じで唇を開いた。
「祐樹、百万ドルというのは、これだけの灯りを一晩つけ続けたら百万ドル分の電気代がかかるだろうという推測から出てきたフレーズだ。祐樹と二人で見た六甲山からの夜景だって夜中に近づくにつれて光が減っていっただろう?だからあくまでも概算だ」
最愛の人は祐樹が森技官に言い負かされるのを危惧して口を挟んでくれたに違いない。そういう彼の優しさも大好きだ。
「そうなのですね。ただ、百万ドルの夜景というフレーズは昔からありますよね。過疎っている田舎とは異なり、神戸などはまだまだ発展していると新聞で読みました。だから電力消費も昔よりも増大しているのではないでしょうか?百万ではなくて二百、もしくは五百万ドルの夜景と銘打ったらいいと思います」
森技官は男らしい長い指を眉間に当てていた。
「そうですね。五百万ドルの夜景のほうがフレーズとしても強いです。早速、県の観光課に掛け合いましょう。何しろ新しい箱モノを作るのと異なって各家庭の電力で宣伝できるのですから、行政としてはまことに有難いです」
呉先生は真剣な表情を浮かべた。
「だいたいさ、お役所仕事というか、県知事や府知事なんて箱モノを作ったら良いと思ってるだろ?問題は維持費なのにさ。鳴り物入りで大型の施設を作ったにも関わらず数年後は廃墟スポットと成り下がっている場所、結構あるよな。だいたい!」
呉先生が比較的大きな声で言い始めた。
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