「何しろあの県は、県知事が率先してパワーハラスメントを相変わらず続けているという内部告発が。霞が関の我々のもとへも多数届けられています。――ま、『定例記者会見』の中継動画がYouTubeに上がっていて、『官僚出身だからこそ、テンプレート通りにしか答えられないのだ』という批判は実に嘆かわしいです。あんな使えない官僚が県知事になるなど身の程知らずとしか思えませんね。使えないどころか、我が国の歴史すら知らないのだと思うと絶望感を覚えます。終戦記念日に天皇陛下がご臨席なさる戦没者追悼式への参加よりも、県下の高校が甲子園球場で決勝戦を戦うほうが大事だと言わんばかりに応援に行き、SNSにて、一人で黙とうをする様子を投稿するなど、言語道断です。しかも、ポロシャツには英国の旗が縫い込まれていたのですから、戦前なら売国奴と非難されていたでしょう。実に嘆かわしいことです。この国が反知性主義に傾いているのは存じていますが、元官僚――しかも出身大学は私と同じ――までがそれに毒されているとあっては、目の前が真っ暗になります」
森技官の眉が思いきりしかめられている。終戦記念日の日は、英霊や先の大戦で亡くなった日本人を悼むのが黙とうの意義だろう。そして第二次世界大戦ではアメリカ・イギリスなどと日本は戦ったのだから、なぜ、敵国の国旗が描かれたポロシャツを着ているのか祐樹にはさっぱり分からない。もしかして、イギリスの戦没者を慰霊するつもりだったのか、それとも何も考えてないかのどちらかだろう。最愛の人も同様の意見だったようで、ため息を零しながら細く長い首を左右に優雅に動かしている。
森技官は、よくぞ産婦人科医にならないで、官僚になってくれたな、と祐樹などは思っている。色々と性格に問題はあるが、常に国益・国民のことを考えて動いているのが森技官だ。終戦記念日に敵国・イギリスの国旗を身につけるというのは祐樹でも「何を考えている?」と思うのだから、官僚という同じくくりに入れられる森技官には耐えがたい屈辱なのだろう。日本のために寝食を忘れて働いている森技官なのだから。
「私もしばらくは兵庫にいます。パワーハラスメントなど根絶させなければならないです。ただ、『ルミナリエ』まで県庁にとどまっているかは分かりませんが。『定例記者会見』では、反対派の市民たちが『辞めろ!』とずっと拡声器を使って言い続けています。あの知事は叩けばホコリの出る人間だというのが省庁縦断会議でもずっと言われています。動かぬ証拠を押さえるために私も動きます。当省では管轄外の証拠を入手したら、『我々と共有したのちは森の好きに使うといい』と言われていますので、反対派のインフルエンサーにこっそりとリークするのも面白い化学反応を起こすような気がします」
森技官は、冷酷そうな笑みを薄い唇に浮かべ、目は獲物を見つけた鷹のようだった。まさか最愛の人と祐樹にまで無茶振りをしてくるのではないだろうか……と思っていたが、県庁などの勤務時間は病院の業務時間内なので、森技官も「手術を放置してまで手伝え」とは言わないだろう。
「『ネスタ イルミナ』も豪華で幻想的なイルミネーションなのですよね。開催時期が異なるのですから、二つのイルミネーションに行くというのはどうでしょう?もちろん、森技官のお仕事に差しさわりがなければですが……」
去年のイルミネーションに呉先生と行ったときの画像を誇らしげに取り出したということは森技官にとって、きっと今年も行きたいのだろうなと祐樹は思った。国のために激務をこなしている森技官に少しは歩み寄るべきだろう。
「いいのですか、それは是非ともお願いしたいです……」
森技官は祐樹にやわらかな笑みを向けた。
「少しでも気分転換になれば、と思います」
最愛の人も、祐樹へと涼しげな視線を向けた。淡い紅色の唇に、花のような笑みを浮かべている。ニュースでチラリと見た「ネスタ イルミナ」はまるで青い光の洪水のようだった。最愛の人の怜悧で端整な顔にはルミナリエのオレンジ色の光の回廊よりも青色のほうが似合うだろうなと思った。森技官はロレックスの腕時計に目を落とすと、残りのコーヒーを飲み干している。
「そろそろ次の仕事に向かわなければならない時間のようです。お話は尽きませんが、これで失礼します」
「あれ、本題は……?」と思ったが、単なる息抜きだったのか、呉先生とのツーショット画像を二人に見せたかっただけかもしれない。――ハロウィンの催しで撮られた、学ラン姿の呉先生の画像は、見なかったことにしよう。政局が不安定な今、森技官も多忙を極めているに違いない。そう思うと、祐樹も何らかのエールを送りたくなった。
「そうですか。では、お送りいたします」
祐樹も森技官と共に立ち上がった。最愛の人が切れ長の目に、不審そうな煌めきを宿している。「あとで」と目配せをし、揃って教授執務室を出た。
「森技官、少しお時間をくださいませんか?」
エレベーターの階数ボタンを押しながら告げた。森技官の苦み走った男らしい顔に不審そうな表情を浮かべている。
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