「気分は下剋上 イルミネーション 2025」10

「気分は下剋上」イルミネーション 2025
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This entry is part 11 of 15 in the series 気分は下剋上 イルミネーション2025

 それはいいのだが、マスタードが大きな玉になっているのが、イルミネーションしかない光源でもよく見えた。あんな、マスタードが真珠のような玉になった物を食べて大丈夫なのだろうか。
「うわっ!辛っ!!ホットワイン欲しいっ」
 森技官が容器を差し出すと、呉先生は急いだ様子でで飲んで「熱っ!」と言っていた。しかもアーモンドの形の目から涙まで零している。ホットワインが熱すぎたのか、マスタードが辛かったからなのかは分からないし、あるいは、その両方だったかもしれない。
「口の中が燃えるようだ……味なんてしない……」
 涙を流しながらぴょんぴょん飛び跳ねている。
「祐樹、確か二十メートルほど引き返したところに自動販売機があった。そこで水を買って、ホットワインに混ぜて少し冷やそう。少しは味が変わるかもしれないが背に腹は代えられない」
 最愛の人はカシミヤのコートを翻して早足で歩み去った。自販機……?そんなものがあったのかと祐樹は思ったが、最愛の人のビデオカメラのような記憶力も信頼している。彼が言うからには、あったのだろう。
「大丈夫ですか?口に熱傷は負っていませんか?」
 祐樹はマスタードの辛さよりもホットワインの熱傷を気にしてしまった。森技官はおろおろとした様子で、呉先生の周りを歩き回っている。臨機応変で乱世に強いと祐樹が思っていた森技官も恋人の非常時(?)には、てんで役に立たないのかと内心可笑しかった。何だか、奥さんが出産中で、待機所めいた場所をうろうろ歩きまわる夫のような感じだ。
「辛い!痛い!」
 呉先生が騒いでいるが、ある程度、熱いホットワインで、マスタードの成分であるアリルイソオシアネートを揮発させるのはいい方法だが、ホットワインもちびちびと飲まないとならないほどの温度だった。
「口の中を擦って辛子を落とすという方法はいかがでしょう?」
 森技官が名案を思い付いたとばかりに満面の笑みを浮かべて祐樹を見ている。彼は医師免許を持っているはずだが、まさか先ほどの話に出た「学歴詐称」ではないだろうなと思ってしまった。正確には、学歴ではなく資格詐称だが。
「擦ってしまうと、辛子の成分が。今の部位だけでなく周囲に拡散します。また、擦ることで粘膜を傷つけるのです。だから避けたほうがいいです」
 祐樹が指摘すると、森技官はしょんぼりとした表情で下を向いた。
「呉先生、大丈夫ですか?」
 心配そうな表情で祐樹に預けていたホットワインの容器を受け取り、イルミネーションで緑色に染まった、細く長い指でペットボトルの蓋を開け、容器に注いでいる。彼の器用さならば、愛用している手袋をはめたままでもできそうだとは思ったが、念には念を入れたのだろう。
「この温度が適温だと思います。これを飲んでください。味は度外視してくださいね。なにしろ治療の一環ですから」
 最愛の人は、水で若干薄めたホットワインを呉先生に差し出した。そのワインをごくごくと飲んだ呉先生は、干天の慈雨に打たれたスミレのような笑みに戻っていた。
「教授、すみません。生き返った気分です。田中先生は、教授が水を買って帰ってくるまで待機してたのは妥当ですが、お前は余計なことしか出来ないんだなと思ったよ」
 呉先生はもう一本のアメリカンドッグを森技官に銃口のように向けている。
「……それは、私はペーパードライバーならぬ、ペーパードクターですから、マニュアルがないと何も出来ないです。現役の先生方とは異なります」
 森技官はこの寒空に汗をかいている。その汗も緑色の光を反射してとても綺麗だったが、森技官はそれどころではないだろう。
「ふーん、現役ね……。田中先生はともかく香川教授は心臓外科の専門だろ?口の火傷とか辛子の緩和法についての専門家じゃないんだけどな!」
 口腔を火傷しているせいか――とはいえ、ホットワインの熱さを考えると軽度だろうが、若干滑舌が悪い。
「それはまことにすいません。今後は適切に対応できるように頑張ります」
 森技官は深々と頭を下げたが、何しろ、黄色の毛布のようなコートを着用しているだけに、何かのコントのようだった。
「これから気をつけるということでいいのではないでしょうか?」
 最愛の人が見かねたようにフォローを入れている。彼の場合、恋人同士がケンカをしながら仲良くなるという過程を知らないので緊急事態に見えたのだろう。ちなみに祐樹と最愛の人は付き合って以来一度たりとも口喧嘩をしていない。
「教授のホットワインが台無しになりましたね。お詫びに買ってきます。ここで待っててください」
 呉先生はしょんぼりしたスミレのような表情だった。
「私も一緒に行きます」
 森技官も神妙そうな口調で言い添えた。
「それはいいんだけどさ、オレはもう一本アメリカンドッグを買う」
 ……呉先生は口の火傷をもう忘れたらしい。
「それは個人の自由なので止めないですが、マスタードはダマにならないように均一にかけてもらってくださいね」
 祐樹は言わずにいられなかった。これ以上平穏なイルミネーションを見ながらの散策を邪魔されたくない。祐樹は二人の背中を見送った後に、最愛の人に笑みを浮かべた。
「色々騒がしいですね……」
 二人なら、しっとりとした空気でこの見事なイルミネーションを見ることができたのに、と言外に匂わせた。

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