「私は兵庫県政のゴタゴタについてテレビをチラリと見る程度ですが、テンプレ通りに回答している知事に記者が苛立っているということを思い出しました。今時の政治活動とはLINEグループやXのオープンチャットなどを使って連絡を取り合うらしいです。よろしければ、情報が得られそうなSNSのスペースに、身バレをしないように準備して潜入すれば、異なる角度からの情報を入手できるかもしれません。森技官にとっては釈迦に説法かもしれませんが、一応お知らせをと思いまして」
祐樹は救急救命室で、激戦区の野戦病院のように床に落ちた血の上を走り回ることもあるが、まるっきり患者さんが搬送されない日もある。そういう日は休憩室で時間を潰すのが普通だ。その凪の時間に、久米先生などは趣味アカウントで「推し」とやらを熱く語るという、祐樹には想像もつかないことをしている。そんな空間の中にもアラシという人種が入り込んできて言葉の応酬をしている。スマホの画面越しとはいえ、「推し」が悪く言われるのはかなり凹んでいる。
祐樹は、面白半分に政治を語る人を見ていて、現実の世界では会わないような過激な主張をする人たちを見てきた。反論すれば噛みつかれる世界だと認識しているが、森技官は言葉の応酬が抜群に上手いので、きっと常勝するだろう。兵庫県の知事問題だと聞いているが、賛成派と反対派のどちらの立場に立ってもきっとSNSに集う人が好むような「論破劇」を繰り広げるのだろうなと思った。祐樹の提案に森技官は珍しく満面の笑みを浮かべた。
「なるほど。そういう見方もあるのですね。最近は、インターネットの力を無視できないという声はよく耳にします。政党も公式のYouTubeも持っているらしいですね。もっとも思いっきり過疎っていますが。また有名な記者もYouTubeで番組を配信していますから、私も時流に乗ってみようと思います。大変有益なアドバイスありがとうございます。それにしても、そういう世界では、誰もが平等なのでしょうか?普通の社会人には考えられない世界のようですが、何とか頑張ります」
祐樹は森技官なら大丈夫だと頭を振った。
――森技官が「普通」なのかは置いておくとして、今回は友好的な雰囲気になりそうなので安心した。
「田中先生アドバイスありがとうございます。では、イルミネーションの日時が決まったら教えてください」
病院関係者でもないのに、慣れた感じでエレベーターに乗った森技官を見送った。
「お待たせしました」
最愛の人の教授執務室に入るとパソコンの画面を見ていた最愛の人はやや呆然とした感じで祐樹を見た。
「森技官の話を聞いて、動画を確認していたが、確かにこの状態はひどいな……。県庁の近くに病院がなくて良かったと思う。ただ、記者会見で記者が質問するのは仕事なのでまだ分かるとして、外で声を上げている反対派の人たちがこんなに感情的に叫ぶのか理解できない」
珍しく疲れた表情で執務デスクから立ち上がって純白の白衣を翻しながら部屋を横切って祐樹の隣に腰を下ろした。
「そうなのですね。たとえばどんななのですか?」
スマホをタップして見てみることにした。最愛の人も祐樹と同じ画面で見る積りなのか柑橘系のコロンがふわりと香ってきた。
「記者会見の外で行われているヤジは論外ですね。知事反対という気持ちは分かりますが通行人、そして近隣の家には思いっきり迷惑でしょう。ただ、記者の中には舌鋒鋭く切り込んでいっている人いますよね。ああいう論法はきたる教授選のときに絶対に武器になるので真似したほうがいいと思います」
教授選では弁舌も力は重要だ。
「祐樹、不思議なのだが、ああして怒鳴っているだけなら――メンタルが弱い人なら辞めますと言いそうではある。しかし、確か兵庫県知事は二期目だろう。一期目は不信任決議を経て失職だと記憶している。この程度の罵声は、初めから想定の範囲内なのではないか?怒鳴っているだけで職を辞さないのであればその労力をリコールに割くほうが良いと思うのだが?」
最愛の人は長く細い首を不思議そうに傾げている。
「確かにそうですね。色々なデモが行われているようですが成果はなかったように記憶しています」
最愛の人の頭の重さが肩に心地いい。
「いくらパワハラ・おねだり知事でも出直し選挙で勝っているだろう?禊は済んだのではないか?それに。反対派は知事の支持者の女性まで喧嘩腰で突っかかっていく。その一般人は詰問口調を一生忘れないだろうし、友達にも『こういうことされた』と全員に言うだろうし」
ネットで戦っているのはごく一部でそれ以外の人たちはじっと事の顛末を見ているに違いない。
「ああ、この大阪梅田での騒然とした一触即発の雰囲気は一般人には怖いです。どっちもどっちという印象を見る者に与えるでしょうね」
最愛の人は何か考えているようだった。
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