「気分は下剋上 ハロウィン 2025」4

「気分は下剋上 ハロウィン2025
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This entry is part 4 of 4 in the series 気分は下剋上ハロウィン2025

 最愛の人のスマホのLINE画面が開いていて、祐樹が、三年前に扮した「現代最強の呪術師」が不敵な表情を浮かべ、指には独特の印を結んでいるLINEスタンプが表示されていた。――まあ最愛の人の異様な熱意を見て買うだろうなと祐樹は思っていたが、案の定だった。「本物の私よりも画像のほうがいいのですか!?」と問いただしたくもなるが、そんな大人げないことは祐樹のプライドが許さない。見なかったことにしようと、浜田教授に視線を戻した。
「――香川教授が、今世界中で怒涛の快進撃をみせる『鬼退治アニメ』の水の柱をしてくだされば、子どもたちもきっと大喜びですよ」
 最愛の人は心の底から驚いたようで、お猪口を今にも落とさんばかりだった。
「え……私には芝居など無理です」
 怜悧な顔に戸惑いが浮かんでいる。――いや、浜田教授のアイデアは意外とイケるかもしれない。「拾壱の型・凪」と言って刀を下に構え、無表情で済むのであれば適役のような気がする。アニメ一期の「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」のような長セリフと高度な演技力は絶対に無理だろう。あのアニメでは、鬼にされた妹の命乞いをする主人公に本気で怒っているように見えた。最愛の人は喜怒哀楽のうち、「怒」の感情はお母さまのお腹の中に置き忘れてきたのではないかと祐樹は本気で疑ってしまうときがある。いや、逆に怒ったときの最愛の人の顔を見たいような気がしてきた。その怒りが、祐樹に向けられたものではないという大前提があるのは当然だ。
「――水のエフェクトはどうするのですか? まさか小児科の病棟を水浸しにするわけにはいかないでしょう」
 最愛の人は、どうにか断ろうと必死のようだった。
「それでしたら、主人公たちの隊を率いる『トップの人』などはいかがでしょう?額が少しアレですが、涼しげで上品な雰囲気はぴったりだと思いますよ。最後のほうは病が進行中でしたよね。額を包帯で隠せば、なんとかなるのではないでしょうか。田中先生は包帯の巻き方もものすごく上手だと仄聞しています。うまく額を隠せるのではないでしょうか?」
 内田教授も参戦してきた。「おお!」と祐樹は内心で快哉を叫んだ。額の病変部さえなければ、最愛の人にもっとも相応しいのではないか!そういえば、柱の最年長がまだ幼いリーダーに初めて会ったときのアニメの描写が祐樹の脳裏に映し出された。端正で優しげ、そして凛とした感じなどは確かに最愛の人に似ている。最愛の人は絶句して、祐樹に助けを求めるような眼差しを向けた。
「ま、冗談はさておき――川口看護師と呉先生への交渉は、田中先生に任せます」
 真剣ななかにもどこか冗談っぽい声の浜田教授の意を汲んで、祐樹は軽めの口調で応じた。
「任せなさい。なんとかなるっしょ」
 あの声優さんの口調を、出来るだけ真似た。最愛の人が驚いたように祐樹を見ていた。彼がこういう表情を浮かべたということは、芝居は成功したに違いない。
「では、本日のメインテーマ! 『鬼退治アニメ・劇場版』最新作です」
 浜田教授がお猪口を差し出して、乾杯を求めている。四つの陶器が触れ合う音が、大正時代が舞台のアニメに似合った音を立てた。
「いやぁ、正直ナメていました。百億いけばいいと思っていたのですよ」
 浜田教授が楽しそうに口火を切った。
「まあ、前の映画から五年ですからね。忘れられている・飽きられているという因子は、必然的に組み込まざるを得ないでしょう。私も希望的観測で、二百億いけば御の字だと思っていたのですよ。それが世界的な大ヒットとは!いやぁ、ファンとして『不甲斐ない。穴があったら入りたい』!」
 あの今でも大人気の「柱」の声優を真似た内田教授だったが、酔っているせいか、全く似ていなかった。三年前の小児科ハロウィンのイベントを盛り上げるために、内田教授は、「来たるハロウィンの日、小児科で百鬼夜行を行う。思う存分楽しもうではないか」と「呪いが廻る戦い」の劇場版の台詞を即興で拝借し、朗々とした声で真似ていた。そういえば、あの役と「水の柱」は同じ声優さんだ。内田教授の声帯はそちらのほうが向いているのかもしれない。
「前の映画が国内興行収入第一位になって、勢いづいた制作陣は『遊郭編』最終二話分と先行上映『刀鍛冶編』二話分をくわえて一本の映画にして上映していましたよね。世界でも封切られました。そういう地道な努力が、最新作の世界的な大ヒットに繋がったのだと思います。映画として世界中の人に届けるために、一年に一作の『これまでの振り返り』プラス『新作アニメを先に上映』するという変則的なスタイルではありますが、とにかく供給は絶えなかったですよね。その結実が今回の映画の成功要因だと個人的には考えています」
 祐樹もそれらしい論評を口にした。最愛の人は切れ長の目に興味深そうな光をたたえ、淡い紅色の唇に満足そうな笑みを浮かべて祐樹を見ていた。浜田教授と内田教授は「なるほど」といった感じの表情で祐樹の説に拍手を送ってくれた。

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