「気分は下剋上 ハロウィン 2025」8

「気分は下剋上 ハロウィン2025
📖 初めて読む方へ: 登場人物相関図はこちら
This entry is part 8 of 18 in the series 気分は下剋上ハロウィン2025

「あの軽装でもあんな勢いで走っていたら寒さは全く感じないだろうな」
 最愛の人が感心したように呟いた。その言葉通り――彼はTシャツとジャージのズボンだけのジョギングスタイルだった。
「お待たせしてすみません。田中先生だけかと勝手に思っていたのですが、香川教授までいらしていたとは嬉しい驚きです」
 息も切らさずに爽やかに笑う川口看護師の体力に感心した。また、先ほど驚いたような表情にも納得がいった。
「驚かせたようで申し訳ないです。ただ、田中先生と二人きりになったのはついさっきです」
 最愛の人も、祐樹と二人きりだった状況をフォローしようとしているのだろう。ただ、あまり上手いとは言えないが、努力しようとしている姿勢が素敵だ。
「そうなのですね。ウチの教授は常に先生を五人くらい引き連れて行動すると聞いていたので、それが普通だと思っていました。まあ、あんなのと飲んでもお酒が不味くなるだけですし――メンタルも削られると思いますので羨ましいとは全く思わないです」
 川口看護師も精神科の真殿教授を嫌っていることは知っていたし、自然な反応だろう。ただ、病院内には、祐樹と最愛の人がプライベートでも仲が良いということを、故意にウワサを流していた。もちろん真の関係を誤魔化すためだったが、病院内の「陸の孤島」と呼ばれている精神科にまで届いていないのかもしれない。
「とりあえずどこか店に入りましょう。とはいえこの時間ですから限られますけれど」
 川口看護師は祐樹の言葉に事もなげな感じで笑った。
「どの店も同じです。プロテイン飲料があるお店などありませんので」
 よほど筋肉をつけることを自分に課しているのだろう。しばらく歩くと、安くて速いコーヒーチェーン店が見えてきた。
「あの店でいいですか?」
 今年のハロウィンの重要な役どころを頼むには少し安価なような気がした。
「古民家チックなカフェがあれば良かったのですが」
 祐樹は一応断ると、川口看護師が太い首を横に振った。
「いえ、あの店のほうが良いです。古民家は屋根の近くに、地面と平行に伸びている柱のようなものがありますよね」
 最愛の人は少し思案するような表情を浮かべたのちに唇を開いた。
「梁のことですか?」
 どちらかといえば童顔の彼は、はにかんだ笑みを浮かべている。こんなに筋骨隆々なのに、その笑みは落差がある。
「『はり』というんですか?難しいことは分からないんですけど……、ああいうのを見ると懸垂をしたくなってうずうずするんです。だからあのシンプルなコーヒー店のほうが落ち着いてお話ができると思います」
 その言葉に最愛の人と顔を見合わせてしまった。……祐樹も最愛の人も体育会系のクラブに入っていた過去はないが、医師には割と多い。しかし、そこまでトレーニングに熱中している医師はいないので驚きだった。
「そうなのですか?それは有意義な時間の使い方ですね」
 最愛の人が半袖から覗く筋肉を感心したように見ていた。――もしかして、ああいう腕、いや全体の筋肉が好きなのかと疑ってしまった。
「いえいえ、メンズナースは皆がそんな感じです。あ、アイスコーヒーのLをお願いします」
 順番がきて川口看護師は店員さんにそう告げたのち、当たり前のようにポケットからスマホを取り出して決済していた。呼び出しておいてお金を払わせるのもどうかとも思って最愛の人の表情を窺ったが淡い笑みを浮かべて川口看護師の腕を見ていた。まあ、庶民的な値段のお店なので「払う・払わない」という押し問答をするのも店員さんや後ろに並んでいるお客さんの迷惑だろう。それはともかくとして、最愛の人は川口看護師の筋肉ばかり見ているような気がする。祐樹の杞憂であればいいのだが……。
「閉鎖病棟に入院していた患者さんが開放病棟に移り、空室が出たときに看護師が掃除と点検に入るのですが、ご存知の通り――」
 最愛の人はアイスティーをトレーに載せながら興味深そうに川口看護師の言葉に耳を傾けている。「ご存知の通り」とか言っているが、祐樹は精神科の講義などは積極的にサボっていたので全く知らない。ただ川口看護師が知っている前提で話していることもあって知らないとは言いにくい。話をスルーする意図もあって店員さんに「ホットコーヒーのLをお願いします」と告げた。本当はMでも良かったのだが、ついつい……。
「ベッドが床に固定されているので腹筋を鍛える足場としては最適なのです。だからこっそり二十分くらいしていますね」
 アイスティーを載せたトレーを持った最愛の人は感心したような表情を浮かべている。
「それは合理的ですし、とても良い習慣だと思いますよ」
 ほのかな笑みを浮かべていたのが、悪い意味で印象的だった。

―――――

もしお時間許せば、下のバナーを二つ、ぽちっとしていただけたら嬉しいです。
そのひと手間が、思っている以上に大きな力になります。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

小説(BL)ランキング
小説(BL)ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

PR ここから下は広告です

私が実際に使ってよかったものをピックアップしています

Series Navigation<< 「気分は下剋上 ハロウィン 2025」7「気分は下剋上 ハロウィン 2025」9 >>

コメント

タイトルとURLをコピーしました