「気分は下剋上 ハロウィン 2025」7

「気分は下剋上 ハロウィン2025
📖 初めて読む方へ: 登場人物相関図はこちら
This entry is part 7 of 18 in the series 気分は下剋上ハロウィン2025

「そういう話は聞いたことがありませんね。それはそうと、酔い覚ましの散歩がてら歩きましょう」
 会計のために店員さんを呼ぶと「先ほどのお客様が既にお支払いをしてくださっています」と言われた。普段、この趣旨の飲み会は割り勘だったが、祐樹が「現代最強の呪術師」役を引き受けたので浜田教授が支払ってくれたのだろう。
「美味しかったです。ご馳走様」
 二人で店員さんに頭を下げて店を出た。
「高校生役の『最強の二人』のうちの一人の続投でまだ良かったです」
 この辺りは観光エリアなので街を歩く人はゆっくりした速度だ。その人波に紛れるようにそぞろ歩きをするのも何だか密会のような気がして楽しい。
「何故?どちらもカッコよく描かれているだろう?」
 最愛の人の澄んだ眼差しが祐樹の視線と絡むのも最高の気分だ。
「前髪に特徴のあるキャラクターは制服のズボンが工事現場の作業をしている人のようなデザインですよね。人が着ている分には全く気になりませんが自分で着るのは少し抵抗があります」
 隣を歩む人は少し困ったような笑みを浮かべて祐樹を見ている。
「そうか?祐樹は背も高いし身体のバランスも良いので何を着ても似合うと思うが。ただ、闇落ちというのだろう……。人間の醜さを目の当たりにして絶望し悪の道に落ちるのは。そういう役柄をして欲しくはない……な」
 役柄と混同されているらしい。こういう言葉の戯れも時には楽しい。
「私が闇落ちするのは貴方の心が他の人に傾いた時くらいしかあり得ませんね」
 切れ長の目が見開かれた。無垢な煌めきを放つ双眸が宝石よりも美しい。
「私は祐樹しか好きにならないので、そんな心配は全くしなくていい。祐樹が闇落ちすることは永遠にないな」
 薄紅色のシルクを思わせる声が宙を舞うような錯覚を覚えた。京都は言うまでもなく観光地なので、この時間は日本人よりもアジア系の旅人が多いのも幸いだ。日本語で心置きなく愛の言葉を紡げるのだから。
「それは嬉しいです。ここが部屋ならベッドに押し倒したくなります」
 意味ありげに少し細いウエストに手を回すと、彼の肢体がしなやかに反った。
「ゆ…祐樹、それは後で……」
 川口看護師に会うという目的を忘れていないらしい。ただ、後だったらいいのかと思うと冗談交じりで誘った甲斐はあったと内心嬉しかった。
「八坂神社のこの辺りは、ザ・キョウトという感じですね。観光客がこんなにいるのは、『日本の夜はさほどの危険がない』とガイドブックに書かれているからでしょう」
 隣に佇む最愛の人は、薄紅色に煌めく視線を祐樹に向けながら、残念そうに首を竦めている。
「一昔前は『さほど』ではなく『全く』と書いてあったと記憶している。安全も無料で手に入らない時代になってきた……」
 二人にチラチラと視線を送っていたオーストラリア訛りの女性二人が驚いたように道を見ていた。
「オー!ニンジャ!ニンジャがトレーニングしている!」
「トレーニングじゃなくて『修行』って言うのよ。走ってもアンブレラが落ちないようにするのが正しい修行だと読んだわ!」
 直訳するとそんなことを言っている。忍者は俊足が好まれると何かで読んだ覚えがあるが、傘を使う修行など知らないし、そもそも忍者のいた時代でもある戦国時代の傘は大きくて重いだろう。そんなものを修行で使うのだろうかと思って最愛の人を見ると祐樹にだけ向ける笑みではなく若干硬い笑みを唇に浮かべている。
「川口看護師がここを指定した意味がやっと分かった……。ランニングの途中で祐樹からのLINEに気付いたに違いない」
 え?と思って視線を向けるとものすごい速度で走ってくる男性は紛れもなく川口看護師だった。オーストラリア人と思しき女性たちが忍者と思うのも頷ける。
「傘を落とさないように修行したのですか?」
 最愛の人は知識の宮殿だ。この機会に聞いておこう。
「それは彼女たちの覚え違いというか勘違いだな。雨の日に使う傘ではなくて、昔の人が顔を隠したり日よけに使ったりしていた笠だ。ちなみに発音はカーニカル・ハットだ。上半身に当てて落ちない速度で走る訓練をしたらしいな」
 なるほどと思って笑みを浮かべ彼の手の甲に祐樹の手の甲をさり気なく合わせた。夜とはいえこの程度のスキンシップが限界だろう、この人混みの中であっても。最愛の人の切れ長の瞳が朱色を濃くして祐樹を見上げている。平日は愛の交歓を控えているが、今夜は彼もその気になってくれているようだった。マンションに帰ったら……と思うと胸が高鳴る。
「そうなのですね。和傘での訓練は身体能力が優れた人であっても難しいですよね。それにしては川口看護師の走りも見事ですね。あれならフルマラソンも余裕で完走できそうです」
 祐樹が手を上げて川口看護師に合図すると彼も気付いたらしく笑みを浮かべた後に、顔が強張ったように見えた。緊張するようなことでも有ったのだろうか?

―――――

もしお時間許せば、下のバナーを二つ、ぽちっとしていただけたら嬉しいです。
そのひと手間が、思っている以上に大きな力になります。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村

小説(BL)ランキング
小説(BL)ランキング

PVアクセスランキング にほんブログ村

PR ここから下は広告です

私が実際に使ってよかったものをピックアップしています

Series Navigation<< 「気分は下剋上 ハロウィン 2025」6「気分は下剋上 ハロウィン 2025」8 >>

コメント

タイトルとURLをコピーしました