「巨大市場である中国がどう出るかですよね。あの国は建て前上『人民民主主義』を掲げていますが、エリート層は共産党員なので国の意見に迎合します。国からの圧力を受けたら上映中止になりかねないです。いかに面白い作品でも対日感情の悪化に影響を受けますよね。それだけが心配です……」
せっかくの楽しい酒宴に水を差したかな、と思って最愛の人の顔を横目で見ると、絶妙な形にカールした睫毛に縁どられた切れ長の目が賛同の光を放っている。最愛の人の顔のパーツはどれも好きだ。中でも睫毛は、これ以上長くなると女性的になってしまうぎりぎりの長さで、精緻にカールした形がまるで芸術品のように目を奪う。
「田中先生の言うとおりですね。ブラジルでは意味不明の18禁を食らってしまっています。性的描写ではなく暴力行為が原因という報道がなされていますが、あの程度で残虐だと判断するのは不可解です」
浜田教授が自棄になったようにお刺身の「つま」の大根を食べている。ちなみにこの程度の細切りではなくもっと細く薄く切ってくれるのが最愛の人だ。
「面白い『ネタ話』だと思いますが、ブラジル版だけ水の師弟コンビの共闘のときに水のエフェクトに紛れて男同士の濡れ場を演じ、それがバレたからという配信を聞きました」
内田教授の冗談めいた声が程よい喧騒に紛れて聞こえてきた。――濡れ場、つまりは……と思った瞬間、顔が引きつりそうになった。隣の最愛の人は意味が分からないといった感じの曖昧な笑みを浮かべていたのが救いだ。二人して恥ずかしがったり変なリアクションをしたりすれば酔っているとはいえ内田・浜田教授の不審を招きかねない。知らないふりをしてこの場をやり過ごすしかないだろう。
「さてと、話は尽きませんが、明日も早いのでこの辺りでおいとまさせて頂きます」
浜田教授は時計を見て我に返ったようだった。
「そういえば、私も論文を進めないと締め切りに間に合わなくなります。そろそろお開きにしましょうか?」
祐樹としては「男同士の濡れ場」という話が飛び火する前に話題が終了したのは良かった。
「私は川口看護師と呉先生に早めに話をしておきます。結果はLINEでお知らせしますので」
横に座っていた最愛の人も祐樹の言葉につられたようにスマホを見ている。
「噂をすれば呉先生からのLINEが来ています。ゆ…田中先生、これに何と返せばいいのだろうか?うまくハロウィンの件に繋げたいのだが」
お辞儀をした両教授が店から出ていくのを見送り、彼のスマホを見ると「教授の干し柿がこんな色になりました。食べ頃ではないでしょうか?」という質問と美味しそうな柿の画像だった。
最愛の人は場所を取る食べ物を呉先生の通称薔薇屋敷の裏庭を借りて作っている。日曜日には森技官も含めて四人で庭に出ることもある。とはいえ、森技官は口だけ出し呉先生は整然と並べた梅を滅茶苦茶にしてしまうという「特技」を披露することからあまり役に立たないと祐樹は思っていた。
「『いい色ですね。その色はカボチャを連想させますね。カボチャといえばハロウィンですが』みたいに返信してはどうでしょうか?その反応次第で次を考えましょう。私は川口看護師にLINEを送ってみます」
精神科のシフトは知らないが、彼のLINEは果物かごを持って来てくれたときに聞いてあった。夜勤中なら既読は付かないだろうなと思いつつ「お願いがあるのですが」と送ったらパッと既読がついた。
「田中先生が私にお願いですか?光栄です!何でもします」隣の人にスマホの画面を見せると細い眉を寄せた最愛の人がため息交じりにスマホを見せてくれた。「同居人が今帰ったので返事は遅れます。すみません!」という呉先生の返事がスタンプと共に踊っているようだ。
「ちょうど良いのではないでしょうか?川口看護師との交渉を先に進めて明日にでも呉先生に頼むとしましょう。幸い川口看護師は快諾してくれる感じです」
祐樹のスマホを見て愁眉を開いた最愛の人は薄紅色の笑みの花を咲かせた。両教授はかなり酔っている風情だったが、彼は祐樹同様アルコールに強い。
「私も行っていいか?やはり頼み事は直接会って話すべきだろうし」
アルコールの効果で潤んだ瞳が清浄な光を放っている。
「既読が即座についたので、夜勤ではなさそうですね。今から出てくることができるかどうか、ダメ元で聞いてみます。貴方もご一緒くだされば嬉しいです」
酔い覚ましの水を飲む最愛の人の薄紅色の唇も最高に綺麗だった。
「それは嬉しいな……」
紅色の薔薇のような笑みを浮かべる最愛の人の横で「急で申し訳ないのですが、今から会えませんか?無理なら日を改めます」手早く入力すると即座に返信が来た。
「大丈夫です。どこに行けばいいですか?病院は誰かに見られたら、あの『瞬間湯沸かし器』に密告され、田中先生が危うい立場になるかもしれないので……。八坂神社の鳥居を目印に待ち合わせしませんか?」
八坂神社は有名だし、テレビにもよく映るのは知っているが待ち合わせ場所としては珍しいだろう。ただ、こちらが呼び立てたのだから川口看護師の要望を尊重すべきだろう。
「八坂神社は有名な待ち合わせ場所なのか?」
祐樹の画面を覗き込んでいる最愛も細く長い首を優雅に傾げていた。
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