祐樹もAiセンター長を兼務している関係上、放射線科の野口准教授と親しい。しかし小児科の子供たちには「ガンガントンネル魔人」と恐れられている、と准教授が笑って話していた記憶がある。野口准教授を見ただけで泣き出す子供もいる、という話も聞いた。呉先生の扮するキャラは明るくて前向きな性格なので、子供たちにメッセージを送る役としてはまさに適役だ。
「それはいいですね。ああ、早速ですが念書をお預かりします」
呉先生が原作未読のこの段階でに念書を書いてくれたことを、本当によかったと思いながら、祐樹は紙を畳んでポケットに入れた。
「子供に対する前向きなメッセージですか?教授のお気持ちは素晴らしいと思うのですが、周りにガキ……じゃなくて、子供がいないのです。時々、ウチの家の庭にハサミ持参でやってきて、薔薇の花を切り取っていく最低のヤツがいる、という目撃証人はいるんですけどね。どう接していいのか全く分からないです……」
呉先生が丹精込めて栽培している薔薇は最愛の人と満開になったときに見に行く価値があるほど見事なものなので、その子はきっと「お母さんにプレゼント」とかそういう気持ちで盗んでいくのだろう。薔薇は栽培するのが難しいと聞いているので、盗られたほうの無念さは、察してあまりある。
「そうですね。呉先生が担当する役の登場人物が言いそうなセリフを内科の内田教授に考えてもらうのが最も適切かと思います」
何しろ内田教授は、同じ作品での催し物をすると聞いた途端、即興で原作をパロディにした煽りの演説を披露し、これまでは小児科内でささやかに行われていた催し物を病院で誰一人として知らない者はいないほどの大イベントにした立役者でもある。
「それは助かります。内田教授にも宜しくお伝えください。……何だかこうやって名だたる教授たちとのご縁ができるなんて感無量です」
呉先生は神妙そうな面持ちだった。
「いえ、教授会で――真殿教授がまだいらしていないとき限定ですが、パリ大学での呉先生の講演についてはよく話題に上がります。何しろ国際学会の講演者に呼ばれるのはウチの病院では救急救命室の北教授だけでしたから、近来まれに見る快挙として称えられていますよ」
最愛の人が怜悧な眼差しで呉先生に語りかけている。
「そういうとき、貴方はどのように呉先生を評価するのですか?」
祐樹は教授会に出席する権限を持ち合わせていないが、最愛の人からおおよそのことは聞いている。とはいえ、教授会の前後の雑談の内容まで知っているわけではない。
「呉先生と私が親しいことはわりと知られているので、下手に褒めたら逆効果だと思って、あえて何も言っていないな」
最愛の人の場合、他人の噂話をむやみにしない人だ。しかし、呉先生のことを褒められた場合、誰よりも綺麗な微笑みを浮かべて頷いている想像は多分当たっている。
「え?教授会では私のことも話題になっているのですか」
突然の雷鳴に驚いたスミレのような表情を浮かべた呉先生は、その後すぐに真顔になった。
「病院内でコスプレをするという噂になるのは全然いいんですが、お願いですから同居人に知らせないでくださいね。それだけは本当に切実に約束してください」
それは祐樹だって同じだ。森技官に漏れたら催し物当日に何としてでも京都に来て見物するに違いない。たとえ北海道にいたとしても必ずや駆けつけるだろう。呉先生を撮るぶんにはまだいいが、祐樹だって年甲斐もなく高校生の役を演じると知ったら面白がって厚労省内に拡散しかねない。また、森技官の人脈の広さを考えれば最愛の人と祐樹も理事を務める心臓外科学会にも画像付きで公開されたらと思うと森技官にだけは何があっても漏れないようにしなければと決意した。
「私だってコスプレをした姿を森技官に晒したくないです。絶対に漏れないようにしますからその点はご安心ください」
森技官が酷薄そうな唇に冷笑を浮かべ指をさしているなんて考えただけでぞっとする。
「祐樹は良く似合っていたのにな。どうしてそんなに嫌がるのか分からない」
最愛の人が細く長い首を優雅に傾げている。――祐樹と森技官は仲のいい喧嘩友達といった関係性だが、最愛の人と森技官は良好な関係を築いている。かつて祐樹が幹事を務めた医局の慰安旅行のさいに、呉先生から厚労省ご一行様と同じ日時に同じ旅館だと聞いて、日時をずらしてもらうべく交渉に出かけてくれたこともあったと聞いている。その結果、最愛の人がずっと謝絶していた厚労省の研究会に出席することで妥結し、森技官の手柄になったらしい。そのせいだけではなく、最愛の人の飾らない人柄によると思われるがとにかく森技官の言葉の剣が最愛の人を攻撃したことはない。
率直にこの場で「恥ずかしい」と言えば、呉先生もきっと同調するだろう。そう思って、祐樹は一瞬だけ考えた。
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