「気分は下剋上 ハロウィン 2025」21

「気分は下剋上 ハロウィン2025
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This entry is part 24 of 31 in the series 気分は下剋上ハロウィン2025

 何だ、そんなことかと思ってしまった。真剣に悩んでいる呉先生には、マンガとは紙媒体で買うものだという固定観念があるのだろう。
「ノートパソコンかiPadはお持ちですか?Amazonなどのサイトで購入出来ますよ。特にマンガは巻数が多く、持ち運ぶのにも苦労しますが、端末に入れておけばその場で読めます。ただ、欠点というか歯がゆいのは『この場面は何巻だったか?』と見返すときに紙と異なってパラパラめくれないことですね」
 呉先生の顔がぱあっと明るくなった。
「世の中は進歩してるんですね。iPadは同居人が省内で一括買い替えがあったらしく廃棄予定のを二台持って帰ったんです」
 ……それはセキュリティ的に大丈夫なのかと思ってしまう。どんな機密情報が入っているかも分からないiPadを……。ただ、職務に対して熱心だし優秀な森技官だ。その辺りの処理はきちんとしていると信じたい。
「そうですか。やはりキャラクターを演じる場合、性格を掴むのも重要ですしね」
 そう言いながら、祐樹はヤバいと思った。祐樹は先ほどから呉先生に「制服ではない」と言い張っていたが、一巻を読むと制服だということが明記されている。軽やかなノックの音が、風情のある診療室に響いた。
「香川教授どうぞお入りください。ところで、田中先生、教授はお顔が赤かったようですが、熱が出たのではないでしょうか?手術に響きますよね……?」
 あくまで心配そうな呉先生の顔を見て祐樹は、え?と思った。性欲発散だとか、そういう話題になったせいで居たたまれなくなり、彼がトイレに行くと言って逃げだしたのが正解だ。それを全く汲んでいないとなると、精神科医としてどうなのかとも思ってしまう。
「それはそうと、出演者には念書を書いてもらっているのです。内容は『今年の小児科のハロウィンの催し物に参加します。その際には浜田教授の指示に全面的に従います』とし、日付けと署名・捺印をお願いします」
 最愛の人は端整で怜悧な顔に驚きの表情を浮かべて、唇を動かそうとしていたのを、祐樹は口に人差し指を立てて制止した。
「え?そうなんですか?わりときっちりしているのですね。紙はどんなものでも良いのですか?」
 念書は呉先生が「制服なんて嫌だ」と言い出さないようにするためのもので、他の出演者はそんなものの提出をしてもらっていない。だから最愛の人が不審そうな表情になるのも当たり前だった。
「はい。書式は自由です。出来れば、今書いてください」
 重要なのは、呉先生が原作マンガを読む前に書くことだった。呉先生がボールペンを走らせている間に、性的なことに恥じらう最愛の人だと分かっているはずの呉先生が発熱という誤解をしたのだろうかと考えていた。精神科の知識は素人レベルの祐樹だが、鬱病では性欲が減退するという症状が出ることくらいは知っていた。だからこの不定愁訴外来やかつて在籍していた精神科の診察室で性欲の話題は普通に交わされていたのだろう。精神科では性欲の有無を聞くことがルーティンとなっていて抵抗がないのかもと結論付けた。
「祐樹、あれ」
 最愛の人はつかつかと室内を横切って窓に近づいていた。そして視線を窓外へと向けている。木々の葉が色づいている中庭を川口看護師がランニングにいそしんでいた。しかも速度はかなり速く、もしかしたら時速十キロ以上かもしれない。ああいう不断の努力の賜物が、あの筋骨隆々の身体なのだろう。この旧館エリアは精神科もある新館と異なって極端に人の気配が少ないのもトレーニングにはもってこいの場所だ。新館の正面エントランスなどであんなに速く走ったら警備員さんに叱責されること請け合いだ。
「書けました。これでいいですか?」
 呉先生が窓の近くに立っていた二人に向かって歩いてきた。しかも手には裁判の判決のときに「勝訴」と書かれた紙を誇らしげに見せる人のように念書を、高々と掲げていた。
「有難うございます。川口看護師もハロウィンの催し物に向けてトレーニングをなさっているみたいですね。皆それぞれの役作りに向けて頑張っています」
 呉先生はしょんぼりとしたスミレのような表情に変わった。
「え?オレもあんな速さで走らないとダメなんですか……?」
 役柄を説明していたはずだが、聞き漏らしていたのだろうか。
「呉先生は主役の後輩役です。戦闘シーンはないですし、にこにこ笑って『頑張ろう』と言っているだけでいいのです」
 呉先生は陽だまりの中に咲くスミレのような笑みを浮かべている。
「そうです。そんな感じで笑ってさえいればいいと思います」
 祐樹が力づけるように言うと、最愛の人は細い指を形のいい顎に当てている。
「小児科のハロウィンの目的は入院している患者さんに少しでも元気になってもらったり、力づけたりすることです。原作にはないのですが、巻数が進むと『後輩を力づける』という目的で指をさす印象的なシーンがあります。これは浜田教授に確かめてみないといけないのですが、小児科の患者さんの嫌なことがMRIの検査だと思います。『そこに入ったら入院が短縮される』――そんな前向きなメッセージを込めるのはどうでしょう?」

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